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連載12回:存在論的転回は社会学的構築主義を爆砕。言語論的転回は実は存在しない

連載12回:存在論的転回は社会学的構築主義を爆砕。言語論的転回は実は存在しない

■社会学は「反啓蒙の時代」だった19世紀に始まります。17〜18世紀は「啓蒙の時代」でした。その締め括りがフランス革命。革命後の意外な展開が啓蒙への期待を終わらせたのです。意外な展開とは、ロベスピエールのギロチン政治であり、ナポレオン帝政であり、ナポレオン敗走後の混乱であり、彼の甥ルイ・ナポレオンのボナパルティズムなどです。
■19世紀的な反啓蒙の思考には四種類あります。時代順に紹介すると、①エドモンド・バーク(1729-97)に始まる保守主義、②ミハイル・バクーニン(1814-76)に始まる無政府主義、③カール・マルクス(1818-83)に始まる共産主義(マルクス主義)、④エミール・デュルケム(1858-1917)に始まる社会学主義です。
■①の保守主義は、伝統に固執する伝統主義ではなく、戦間期にカール・マンハイムが述べたように「再帰的(反省的)な伝統主義」と呼ぶべき近代主義です。具体的には、人間の理性の容量を社会の複雑性が越えるので、社会全体の作り直しを企図すれば失敗が必定であり、制度を変えるにせよ様子を見ながら少しずつやるしかない、という漸進主義です。
■②の無政府主義は、無秩序を愛でるものではなく、保守主義に似て、国民国家のような顔の見えない大規模な社会を人間が制御するのは不可能だとします。ただし処方箋は違い、家族よりも大きく国家よりも小さい中間集団──地縁集団・血縁集団・職能集団など──の貼り合わせによって全体を覆うべきだとする「国家を否定する中間集団主義」です。
■③のマルクス主義は、国民国家規模の社会を従来制御できなかったのは確かにせよ、大規模だったからではなく、資本主義(労働と土地を繰り込んだ市場主義)の無政府性──暴走──が理由だとします。処方箋は、私的所有と階級的暴力装置としての国家を否定する共産主義で、過渡期には労働者階級が国家を支配する社会主義を経由するとします。
■④の社会学主義は、19世紀半ばからの共産主義運動の大混乱ゆえに階級支配を主張するマルクス主義を否定する一方、中間集団主義だけでは集団間の相克を、ホッブズが個人間の相克を問題化したのに似て克服できないとし、中間集団である職能集団の自治と、その有機的連帯としての国家を処方箋とします。いわば「国家を肯定する中間集団主義」です。
■因みに今日現実化しているのは、理性の容量限界を踏まえる①保守主義と、補完性の原則(顔が見える範囲でできることは自分たちでやり、それが困難な場合はより大きな範囲の行政を小さいものから順に呼び出す)を踏まえる④社会学主義。先進国には保守主義を否定する政党は珍しくなり、社会学主義は各国の連邦主義や欧州連合として現実化しました。
■③共産主義を目指す体制は1989-91年に崩壊(冷戦終焉)。中国や北朝鮮は社会主義ですらなく、(中国的言い方では)資本主義的ならぬ社会主義的市場体制に移行しました。②の無政府主義の体制は国家として現実化していないものの、国家ベースの「制度による社会変革」を否定し「技術による社会変革」を進める動きとして現実化しつつあります。

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■但し、90年代半ばからのグローバル化とIT化による地域・家族の空洞化を背景に、①保守主義については、保守政党が漸進主義から程遠い排外主義的な制度変更を乱発するポピュリズムに堕しつつあり、②社会学主義についても、中間集団間の連帯が崩れ、有機的連帯を前提とした公正や正義の貫徹が絵空事化しました。一括すると民主政の機能不全です。
■この民主政の機能不全が、現実化したはずの①保守主義と②社会学主義を、暗礁に乗り上げさせたのです。これに呼応して先ず、民主政を前提として公正と正義を追求する社会学が退潮。民主政の基盤の再建を旨とする政治学が再興します。具体的には、完全情報化と分断克服のための、スモールユニットでの熟議やコンセンサス会議などが提唱されます。
■でも、熟議などで完全情報化と分断克服を達成するのに必要な、有能なファシリテーターと最低限の公共精神(市民的な徳)を調達できるユニットが既に多くなく、分断と孤立による不安の埋め合わせを背景とした神経症的な感情的劣化=クズ化(言葉の自動機械化/法の奴隷化/損得マシン化)が加速する状況下で、再政治学化の流れも行き詰まりました。
■呼応して、次に再人類学化の流れが生じて現在に至ります。背景は、民主政の機能不全は一時的な故障ではなく、奇蹟的な条件が重ならないと回らないという認識でしょう。具体的にはトマ・ピケティ的条件。資本主義300年史で20余年だけ成立した、戦後復興と耐久消費財に支えられた「g(生産利益)>r(投資利益)」の不等式による分厚い中流の成立です。
■分厚い中流・が支える人間関係資本・が支える知識社会化が、民主政への信頼をもたらします。世界戦争(第二次大戦)の戦後が可能にした税の高い累進率による平等社会(ウォルター・シャイデル)も追い風でした。二度と訪れない条件です。実際、戦後までは民主政に高いハードルがあるとしたのが、20世紀半ばまでの社会学やその周辺だったのです。
■合理化、即ち、計算可能化・を支える手続主義化・を支える没人格化を問題にしたウェーバー然り。没人格化とはクズ化(言葉の自動機械化/法の奴隷化/損得マシン化)です。不安の埋め合わせに権威すがる神経症的な人々がもたらす全体主義化を問題にしたフロムらフランクフルト学派然り。こうした20世紀半ばまでの社会学は、ドイツが本場でした。
■それが、一連の奇蹟的条件に支えられて民主政が盤石に感じられた戦後になると、なぜ民主政を軸とする近代社会がうまく回るのかを主題化したパーソンズを経て、民主政への信頼を前提とした公正と正義の社会学──エスノメソドロジーやフェミニズムやカルチュラルスタディーズ──が社会学界隈を席巻するようになります。米国社会学の時代です。
■僕は中学時代からフランクフルト学派やウェーバーに親しんでいたのもあり、こうした流れに違和感を抱き続けました。だから、同じ社会システム理論でも民主政を軸とする近代社会の健全さのありそうもなさ(奇蹟性)を論じるルーマンに惹かれました。でも、90年代半ばを過ぎて近代社会の健全さに疑問符が付くようになるとルーマンから離れました。
■新世紀になると、僕は熟議やコンセンサス会議を通じたスモールユニットからの民主政再興を企てるアクティビストになりましたが(2012年「原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求」請求代表人として法定の有権者5%達成し条例案上程など)、2010年代になるとグローバル化とIT化を背景にした感情的劣化=クズ化の速度がそうした再興の速度を凌駕する事実を実感し、再人類学化の流れと「技術による社会変革」を企てる流れにコミットするようになります。

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■連載で述べた通り、再人類学化は(狭義の)存在論的転回です。存在論ontologyとは「世界はそもそもそうなっている」という「社会の外」を見据えた物言い。戦間期に始まったとされる言語論的転回(ローティ)へのアンチテーゼで、実在主義realismと一体です。現実が言語相関的表象だとする構築主義と区別すべく、現実主義とは訳しません。
■因みに、初期ギリシャが見る影もなく没落した時代、存在論に則して生きよという実在主義に抗い、存在論を踏まえた上で敢えて無視して生きる美学aestheticismを推奨したのがストア派で、その影響下で「生存の美学」を推奨したのがミッシェル・フーコーです。日本の論客だと、やはりギリシャ思想史の強い影響を受けた三島由紀夫になります。
■話を戻すと、論理実証主義や言語ゲーム論を参照して言語論的転回があったとする考えは疑問です。論理実証主義は公理演繹的にどんな世界も描けるとしますが、同時代の科学を踏まえれば、自明な公理を否定する非実験的な(今は9割が実験物理学者)一般相対性理論が観測に合う事実や、公理演繹的な世界が未規定だと証明したゲーデル不完全性定理が、これら非常識への転回を後押ししていたのです。
■前回、全ての言語ゲームを支える(ルールならぬ)事実性を重視するウィトゲンシュタインを紹介しました。論理学以前に複数の幾何学や代数が存在したという歴史的事実も重視しています。言語ゲーム論が言語論的転回を踏まえた相関主義だとの主張(メイヤスー)は字面だけ追った誤りです。他方1930年代には後期ハイデガーが「駆り立て論」を展開しています。
■潜在行為を前提とした人間相関的な道具論から、木樵が製材産業が生む木材に徴用され、製材労働者は製紙産業が生む紙に徴用され、製紙労働者は印刷産業が生む印刷物に徴用され、印刷労働者は出版産業が生む出版物に徴用され、出版労働者は読者市場が生む銭に徴用されるとする駆り立て論へ。人が物を使うのでなく、物(を支える技術)が人を使う…。
■世界はそもそもどうなっているかという真のontologyを彼が開きます。我々は物(を支える技術)と無関連に生きられない。加工品はそれをもたらす加工品と人の連鎖(ラトゥール)の通時的蓄積というontologyに支えられ、表象は表象と人の連鎖(スペルベル)の通時的蓄積というontologyに支えられるとする人類学の転回を先取りしていました。

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■自然科学や社会科学を含めた学問の生産性は20世紀前半に異様に高まります。今日の科学がその延長上にある「事実」は否めません。一般相対性理論然り(1915年)。ハイゼンベルク不確定性原理然り(1927年)。ゲーデル不完全性定理然り(1930年)。レヴィストロース親族基本構造論然り(1947年)。チョムスキー生成文法理論然り(1955年)。
■どの理論も例外なく、人間が「得体の知れないもの」によって規定されているという存在論的事実に、目を開かせるものでした。20世紀前半に生じた「得体の知れないもの」の前景化が、論理実証主義であれ言語ゲーム論であれ言語論的転回(とされるもの)の背景にあった事実は明らかです。後期ハイデガーの駆り立て論もそうした流れの中にあります。
■その意味で、言語論的転回とは実は「広義の存在論的転回」なのです。高額な戦時賠償による大不況がもたらした不安の埋め合わせが全体主義をもたらした(全体主義はイデオロギーではなく実は神経症だ)とするフランクフルト学派もそれに含められるかもしれません。戦間期に言語への注目が集まったのは事実ですが、言語論的転回があったのではない。
■90年代からの(狭義の)存在論的転回によって覆されるような言語論的転回など、実はなかった。第二次大戦後の中流時代に社会学者が能天気な構築主義によって忘れ去った戦間期の(広義の)存在論的転回を、能天気さが立ち行かなくなって落ち目になった社会学者を尻目に、人類学者がルネサンスしたものが、(狭義の)存在論的転回なのは明らかです。
■中学時代に宇宙物理学を志し、高校時代に分子生物学(生物物理)を志し、高3で文転して大学・大学院時代を通じて数理言語学・脳機能学・ゲーム理論などに親しんだ僕が、言語論的転回など認めるわけがありません。その僕が最近注目しているのが、「制度による社会変革」ならぬ「技術による社会変革」を企てる加速主義(を含む新反動主義)です。
■僕の考えでは、人間中心主義や社会中心主義の錯覚を爆砕する人類学者による(狭義の)存在論的転回の流れの上に、「技術による社会変革」によって「制度による社会変革」を爆砕する加速主義者もあります。彼らと同様、僕もトランプ大統領誕生を望み、安倍内閣継続も望んできました。しかし加速主義には重大な陥穽があります。次回以降に論じます。
投稿者:miyadai
投稿日時:2020-02-23 - 21:47:03
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連載7回:「微熱の街」はなぜ終るかを戦間期に徹底考察した江戸川乱歩と川端康成

連載7回:「微熱の街」はなぜ終るかを戦間期に徹底考察した江戸川乱歩と川端康成

■前回はジェントリフィケーションで消えた沖縄の色街の話をしました。観光価値を上げる政策で観光価値が下がる逆説は、アジア各国の違法屋台撲滅で生じたのと同じ逆説です。他方、今も沖縄には、内地にありがちな「共同体空洞化による不安ゆえの同調圧力」ならぬ「共同体充溢による言外・法外シンクロゆえの同感」があり、人々を時に不自由にする、と言いました。
■「同調圧力に基づく行動」は損得勘定の自発性が動機で、「同感に基づく行動」は損得勘定を越えた内発性が動機だとも言いました。同調圧力への適応がもたらすのは相対的快楽に過ぎませんが、同感に基づく利他的・貢献的行動がもたらすのは絶対的享楽です。ジェントリフィケーション「を」もたらす共同体空洞化を、ジェントリフィケーション「が」加速するのでした。
■こうした悪循環を通じて、共同身体性が消滅し、共通感覚が消滅し、言葉を言外で支える共通前提が消える。こうして「微熱感のある街」が消えるのでした。論理的にはここに多少のジャンプがあります。一口で「微熱の街」の消滅とは何なのか。どうして「微熱の街」が消えるのか。因果や機能連関の記述に不充分な点があるので、今回はそれを補い、深めましょう。

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■歴史を遡ると「微熱の街」の消滅は実は幾度か反復され、その度に言語化されてきました。文献的には、最初の言語化を江戸川乱歩と川端康成に見出せます。共に1929年(昭和4年)のことです。それを理解するには戦間期のダイナミズムを知らねばなりません。戦間期は前期と後期に分けられます。一口で述べれば、前期は「渾沌の時代」で、後期は「統合の時代」です。
■戦間期とは第1次大戦終結から第2次大戦開始まで。欧米では1919年(大正8年)パリ講和会議から1939年(昭和14年)独軍ポーランド侵攻までです。前期と後期の境目が1933年(昭和8年)ナチス政権誕生です。日本の場合、1919年(大正8年)パリ講和会議から1941年(昭和16年)真珠湾攻撃までが戦間期で、前期後期の境目が1931年(昭和6年)盧溝橋事件(満州事変)だとされます。
■日本は複雑で、前期が更に1923年(大正12年)の大震災を境に前後分割されます。後藤新平肝入りの帝都復興計画で「銀座」が立ち上がり、浅草から銀座へという流れが始まったのです。でも、これは「江戸的な東京」を熟知した乱歩や川端の如き粋人の認識であり、大半にとっては1929年(昭和4年)まで浅草ブームが続く。だから通説通り1931年の境目だけで良いでしょう。
■つまり欧米日ともに、戦間期前期は大まかに1920年代で、後期が1930年代です。戦間期前期は「渾沌の時代」。日本ではエログロナンセンスの時代、米国では狂騒の20年代(禁酒法とギャングの時代)、フランスでは狂熱の時代(戦争後遺症の時代)と呼ばれます。第1次大戦は未曾有の最終戦争だったので、近代への疑念が蔓延し、近代的建前を置いて本音が噴出しました。
■そこでは近代的なものと非近代的なものが混淆して渾沌を呈します。日本のエログロナンセンスの象徴が浅草。浅草に限らず、都市建設の陰に妖怪が蠢き、国家建設に勤しむ帝大生・帝国官僚の故郷には因習に囚われた両親がいた時代。新旧に引き裂かれた時空がありました。薄れゆく闇(前近代)と徐々に強まる光(近代)。光と闇が織り成す綾が「大正ロマン=浅草」です。
■やがて光が満ちてフラット化。それが「昭和モダン=銀座」です。浅草の綾(ロマン)から銀座の光一辺倒(モダン)に向かう過程が「モダニズム(近代主義)」。光で時空がフラット化して闇が忘却された時にモダニズムが終ります。モダニズムをモダンと等置してはいけない。乱歩と川端は共に「浅草から銀座へ」というモダニズムに異を唱えた、というか馬鹿にしました。

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■乱歩も川端も平板なモダンを賞揚する啓蒙主義を嗤います。謂わば<教養主義を嗤う卓越主義>です。日本の啓蒙主義(近代主義)は単なる意匠で、上昇志向と結合した日本的エリート主義(教養主義)に過ぎない。劣等感や嫉妬を抱えた田舎者の作法。川端は真の粋人は目もくれぬとし、乱歩は真の都市民(探偵)は目もくれぬとします。粋人も探偵も光と闇の綾に眩暈します。
■そこでは、岩波書店的「教養主義者」と会員制変態雑誌的「卓越主義者」が対立します。帝大出身官僚や大学人ら「地位エリート」の田舎者ぶりと、芸能や風俗に馴染んだ(しかし帝大出身者を核とする)「感情エリート」の卓越ぶりとの対立です。東洋英和分校として芸能人子弟を集めた麻布中高で育った僕にとっては、中高生の時分から既にお馴染みのものです。
■丸山眞男ならぬ吉本隆明。クラシックならぬジャズ。ジャズならぬフリージャズ。ロックならぬプログレ。岩波ホールならぬアンダーグラウンド蠍座。アート批評ならぬB級裏目読み批評。プログレならぬ歌謡曲。旧左翼ならぬ新左翼。象徴的だったのは麻布のスクールカーストです。[勉強も遊びもできる卓越者⇒遊び人⇒勉強田吾作⇒両方ダメな奴]という序列でした。
■卓越者&遊び人の連合軍による、勉強田吾作に対する「ヤナ奴ごっこ」に於いては、ナンパ的な挑戦とオタク的な蘊蓄を股に掛けることが推奨されました。これが数年後、ナンパしか営めない田舎者とオタクしか営めない田舎者とに分化した、というのが連合軍の認識です。卓越化ゲームは激烈で、勉強と遊びが出来ても、ナンパonly系やオタクonly系は軽蔑されました。

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■1929年(昭和4年)。川端は『浅草紅團』を新聞連載、乱歩は短編『押繪と旅する男』を発表。共に浅草的なものを賞揚します。浅草は1923年(大正11年)の大震災から復興したものの、銀座はそれを凌ぐ勢いで発展していました。でも銀座の「光」のハレーションで「綾」が掻き消される前の最後の浅草がありました。1929年を浅草の最盛期だとする人も少なくありません。
■でも川端(30歳)は浅草の未来を予感していたので、まるで映画(無声の活動写真)や録音ラヂヲのように浅草を記録します。それが「新感覚派」と呼ばれます。《──花やしき 納涼 昼夜開演 芝居 ヤマガラ アヤツリレビユウとダンス。諸君、「電光ニュウス」なのだ。やはり電光で描いた象と猿とが、これらの文字をひつぱつて、[花やしきの]入口の上を歩いてゐるのだ。ネオン・サインで表を飾った小屋は殖えて行くが、花やしきの電光ニユウスは一九三〇年の夏の浅草の、「断然トツプを切った」のだ》。《交通巡査の笛、新聞売子の鈴、起重機の鎖の響き、川蒸気の発動機の音、アスフアルトを踏む下駄の音、自動車や電車の響き、この少女のハアモニカ、電車の鈴、エレヴエイタの扉の音、自動車のラツパ、遠くの雑音──それらを一つとしてその波にぼんやり耳を浮かべてゐると、これも子守歌でないことはない》云々。
■但し巷で言われるような先端かぶれの「映画(活動写真)や音楽(ジヤズ)の摸倣」(蓮實重彦で言えば「フィルム体験の摸倣」)ではありません。1929年から翌年にかけての世界大恐慌の煽りを受けた昭和恐慌で、人々の生活はどん底。舟から小学校に通う子。哀れっぽさを売りにするマッチ売りならぬマリ売り。映画館に入れずに看板だけ見つめる浮浪者。子守の少女。…。
■だからこそ浅草はエログロナンセンスの妖しさを醸し出します。《エロチズムと、ナンセンスと、スピイドと、時事漫画風なユウモアと、ジヤズ・ソングと、女の足と──》。そこには、門前町や色街やといったプレモダン(江戸情緒)の闇と、日本初のエレヴエイタが設置された十二階や電車や自動車や映画やジヤズやといったモダン(最先端)の光が、混融するのです。
■だから「規定不可能」でした。言語外の「規定不可能性」にシンクロするべく、言語表現の非言語表現(映写キャメラやラヂヲ録音機)へのミメーシス(感染的摸倣)が必然的に生じたのです。加えて川端はシニフィエが「規定不可能」な喩を用いることでも知られます。《不思議な「曲芸運動」をする少女の細い体は、不思議な虫のように美しかった。高貴で憂鬱な虫であった》。
■語り手の「私」が、不良集団「紅團」の首領である男装ヒロイン弓子に出会う場面も《[長屋横丁へと曲がって]奥に入って三軒目──私は真っ赤な花束を突きつけられたように立ち止まった》と、直喩にも拘わらず「規定不可能」な記述がなされます。読者は「言外のシンクロ」が要求されます。いわば「微熱の街」へのシンクロなくしては意味を持ちえない喩なのです。
■喩的な表現が、やや遅れて辛うじてシニフィエを充当された時、読者は既に「微熱」を帯びているのです。「微熱」を帯びていて初めて喩が分かるので、喩を分かろうとすると自動的に「微熱の街」に誘われるのです。かくて川端は「規定不可能性」を愛でます。浅草という舞台設定、然り。新感覚派的な映画や音楽の摸倣、然り。何よりも変幻自在に化けるヒロイン、然り。
■ある時は、楽器屋で大正琴をひく少女。ある時は、哀れっぽい少女らの中で只一人赤いリボンをつけてチャールストンを踊るマリ売り。ある時は、不良集団「紅團」の男装の首領。ある時は、花やしきや昆虫館の切符売り。ある時は伊豆大島の油売り。「私」は少女を、「規定不能性」ゆえに追いかけ、最後は少女の「規定不能性」によって振り切られる形で、話が終ります。
■連載は未完とされますが、「規定可能性」への回収を拒むには未完が必然だったと言えます。
光と闇が織り成す綾を背景に、変幻自在に姿を変えるヒロイン。そう、江戸川乱歩の「怪人二十面相」と同じです。川端は乱歩と同じく、浅草をモチーフにしながら、失われゆく「規定不可能性」を凍結保存した。微熱感を前提にした言外のシンクロ可能性を用いたのが川端流です。

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■僕は小学生の時に乱歩「少年探偵団シリーズ」を、中学生で乱歩の全作品を読破しました。その後も乱歩原作映画を観る度に読み返してきました。乱歩映画の最大傑作は川島透監督『押繪と旅する男』(1992年)。封切を観て原作を読み直しました。銀座を愛でる田舎者の上昇志向に過ぎぬ「教養主義」を、浅草を愛でる粋人の「卓越主義」の観点から軽蔑しているのです。
■原作はこんな話です。昭和4年=1929年、蜃気楼を観た帰路の汽車内で「私」は、押繪を窓に向けた40とも60ともつかぬ男を遠くの座席に見た。「私」は恐怖に吸い寄せられて男に近づく。押繪の中には男と瓜二つの老人と、振袖の少女が居る。男が語る。十二階が出来た少し後の35年程前(明治28年=1895年)、塞ぎ込みがちな25歳の兄が毎日双眼鏡を持って出かけるので、跡を追けると十二階展望台から双眼鏡を覗いていた。そこから双眼鏡で一瞬見かけた少女に片想いし、以降毎日探しているらしい。兄が少女を見つけたと言うので二人でそこに行くと、少女は覗きからくりの押繪の中に居た。兄は弟に後生だから双眼鏡を逆さに覗いて自分を見ろと言う。迫力に押されてそうすると兄は縮んで押繪の少女の横に鎮座した。以降「兄夫婦」が退屈せぬよう押繪を持って旅に連れている。ただ元々押繪に居た少女と違って兄だけが歳をとって老人になった。「私」は浅草には行っても十二階に昇った経験がない。銀座を好む今時の若者である「私」が、「なぜか」老人の話に引き込まれ、往時の浅草を幻視したのである──。
■映画には「私」はおらず、今(1990年代)を生きる80歳前後と思しき老人が主人公。老人は原作の男と同じ過去を持ちます。老人はジェントリフィケートされた浅草を彷徨いつつ、60余年前(1929年)の浅草を幻視します(「押繪夫婦」誕生が1895年から35年ほどズレる)。老人は「兄夫婦」を魚津に連れた後、押繪を神社に奉納。やがて兄を忘れて特高警察の役人になります。多くの罪なき者を拷問にかけた彼は、浅草寺の雷門前で野垂れ死ぬ直前、かつての拷問被害者に小便をかけられながら、兄を捨てた自分を悔います。兄を捨てた自分は浅草(光と闇の綾)を捨てた自分で、特高警察で拷問した自分は銀座(光)=システムを選んだ自分です。老人の最期のヴィジョンは「兄夫婦」と共に見た蜃気楼でした。──実によく練られた脚本です。
■老人が彷徨うジェントリフィケートされた浅草はスーパーフラットになった東京の謂いです。汎システム化された愚にもつかぬクソ社会の謂いです。原作の本質を的確に摘抉した上、それを今日的な含意へと敷衍した傑作です。そう、各所で書いた通り、1990年代半ばに日本の各所から「微熱の街」が消えたのです。「微熱の街の喪失」は「浅草の喪失」の反復なのです。
■原作には逸話があります。横溝正史第一随筆集『探偵小説五十年』(1972)収録「代作ざんげ」と、乱歩随筆集『探偵小説四十年』(1961)収録の同名「代作ざんげ」に共に記されています。自信喪失に襲われて休筆しがちな乱歩は、休筆中の1927年(昭和2年)に蜃気楼を観に魚津に出かけ、翌年「押繪と旅する男」の元となる作品を書きます。逸話はその時のものです。
■『新青年』の編集長だった横溝が、乱歩の旅行先である京都の宿にまで押しかけ、「探偵小説特集号」への執筆を約束させます。約束の日に名古屋で会うと、乱歩は書けなかったと言います。横溝は仕方なく、自分が書いた作品を乱歩名義で載せることを乱歩に承諾させます。その夜二人は名古屋で宿泊しました。すると夜中に乱歩が鞄から何か取り出して厠にたちます。
■厠から戻った乱歩が横溝に、本当は書いたのだが自信がないから汲取便所に捨てた所だと明かします。便壷に捨てられたのが「押繪〜」の元稿です。悲嘆に暮れる横溝のために翌1929年(昭和4年)に書き直したものが現行の「押繪〜」。乱歩35歳の作。後に乱歩が自分が一番好きな作品だと述懐します。「自信のなさ」と「一番好き」は密接に関連するだろうと思います。
■説明します。探偵小説から大衆小説への転機となる「押繪〜」ですが、浅草の終りが探偵小説の終りだったのです。戦間期前期を象徴する探偵は「未規定な存在」です。ブルジョアでもプロレタリアートでもない。モダン(光)でもプレモダン(闇)でもない。「光と闇が織りなす綾を生きる都市民」なのです。光と闇に引き裂かれた存在。浅草的な存在だということです。
■明敏に推理する理性を持ちつつ、犯罪者のエログロや法外ぶり(闇)に同感するのが、探偵という奇妙な存在です。同感がなければ理性は別のものに使われるはずなのです。だからこそ、浅草が終れば探偵小説も終るのです。それを象徴するのが『新青年』の方向転換です。エログロナンセクスから明るいナンセンスへ。モダニズムの綾からモダンの光へ。探偵小説の終り。
■「押繪〜」の元稿に契機を与えた1927年(昭和2年)の放浪は、探偵小説が書けない自信喪失のせいだとされます。これは才能の問題というより浅草の消滅を予感したからでしょう。浅草の消滅とシンクロする『新青年』の探偵小説離れへの違和感もあったはず。「一番好き」な探偵小説が書けなくなった「自信のなさ」が乱歩を放浪させ、傑作「押繪〜」を生んだのです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2020-02-22 - 11:21:40
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連載13回:「制度による社会変革」から「技術による社会変革」へ、というシフトの必然

連載13回:「制度による社会変革」から「技術による社会変革」へ、というシフトの必然

■14年前(2007年)に中学生向けに『14歳からの社会学』を書きました。そこでのキーフレーズが「人を幸せにすることによって幸せになれる人間だけが、本当に幸せになる」でした。その時に明確に予感していたのが、感情的劣化です。当時から、人を幸せにすることに関心がない「クズ」が増えているという予感がありました。予感は結局あたりました。
■「クズ」は、「人を幸せにすることに関心がない」という以外にも、いろいろとパラフレーズできます。よく使うのが「言葉の自動機械/法の奴隷/損得マシーン」という言い方。さらにパラフレーズすると「言外/法外/損得外に出られない人間」「言外/法外/損得外でシンクロできない人間」です。実際そんな輩は、他人の幸せに感応できません。
■トランプを支持する米国のネトウヨ(オルトライト)と一部重なる形で、テクノロジストらを中心とする新反動主義があり、その中核に加速主義があると言いました。「制度による社会変革」より「技術による社会変革」が必要であることが、人々の感情的劣化による「制度による社会変革」の頓挫によって逸早く突きつけられるだろうとする立場です。
■既に話してきたように、僕は全面的にではありませんが、加速主義に加担します。だからトランプ当選を待望したし、一貫して安倍内閣支持・安倍四選支持です。これが奇矯な立場ではないことを納得してもらうべく、少なくとも日本における人々の感情的劣化が不可避なこと、その不可避性が日本に限らないことを、歴史的・理論的記述でお示しします。

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■全体を現状・背景・処方箋(としての加速主義)の順で喋ります。現状を、社会編と人間編に分けます。社会編から言うと、日本社会は事実上、経済的に終わっています。ご存じのようにヨーロッパや米国の最低賃金は1200円から1600円です。日本の地方は800円台、東京でもやっと1000円。半分から3分の2の水準です。
■どの先進国も経済成長は年率1%以上、米国は2%。日本は先進国中ほぼ最低で、過去20年0%台に張り付いています。それが最低賃金の低さの原因です。次世代プラットフォームの基幹になるIoTの5G技術では中国の基幹特許数は日本の7倍、アメリカは4倍、人口半分以下の韓国は3倍。3Gの時は大半が日本企業が持っていたのに、この体たらく。
■20年前までは海外諸都市は日本企業の看板だらけでしたが、今は見かけない。サムスン、ファーウェイ、LGばかりです。東南アジアの家電量販店に行っても日本製品はほとんど見当たらない。ライセンシー占有率から商品占有率までこの状態。失業率は非正規雇用で盛られ、株価は日銀とGPIFの買入れで盛られ、盛られたデータが喧伝されています。
■加えて、じきに新東京五輪。五輪後の開催国はどこも過剰投資の回収ができず不況になります。ロンドンもリオもそうでした。1964年東京五輪の翌年もそう。でも当時は経済成長率13%前後。程なく忘れられました。新五輪後はどうか。経済成長率がゼロなので、回復できず、落ちたままになります。なぜ経済成長率が日本だけゼロなのでしょうか。
■個人別GDP生産を見ると、米国が1時間75ドルなのに、日本は48ドルで3分の2。理由は地方の中小企業が多すぎるからです。ここで最低賃金政策を見ましょう。日本以外の先進国は州自治の米国を除くと大体どこも全国一律。ドイツだけ3区分です。目的は2つ。第1は人口流出の防止です。都道府県の人口流出比は最低賃金比に相関します。
■第2は非生産的な事業者の強制退場です。スウォッチは元々はスイス時計業組合。日本のクオーツ時計に駆逐されて衰亡寸前だったのを、投資家の指揮で同一ブランドにまとめ、日本のクオーツエンジンを使い、各時計工房にはデザインを競わせました。似たことをフランスのルイ・ヴィトンを核とするLVMHグループがやっています。
■日本でなぜこれが出来ないか。一口でいえば近代の公概念がないからです。世界的な社会心理学者山岸敏男氏によると、日本人の特徴は①所属集団内のポジション取りに勤しむだけで、②全ての集団が含まれる包括集団への貢献心がないこと。この貢献心が近代の公ですが、日本人にあるのは所属集団への滅私奉公のみ。日本人の公は単に所属集団です。
■別言すればゲームに傾注するだけでプラットフォーム(ゲーム盤)への関心がない。だから産業構造改革できない。与野党とも痛みを伴う改革を避ける。でもこの痛みたるや現役世代の利害損得に過ぎない。子々孫々に国際競争力のあるプラットフォームを残そうとしない。沈みかけた船の座席争いに終始し、俺が死ぬまで沈まなければいいという輩だらけ。

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■社会編は経済だけではありませんが、切り上げて人間編です。まず、日本の夫婦は「愛よりも金」。周知のデータでは女は「金があれば結婚しない」。年収1250万以上の女は6割が結婚しない。男は逆。「金がなければ結婚できない」。男女とも結婚しない理由の上位が「貧乏になる」。「愛より金」は当然「正しさより損得」の価値観に結びつきます。
■それが子に影響します。日本青少年研究所の2014年高校生調査によると「どんなことをしても親を世話したい」と答える割合は中国88%、米国52%、日本38%。「親をとても尊敬する」と答える割合は米71%、中60%、日37%。「家族との生活に満足している」と答える割合は中51%、米50%、日39%。日本は家族が空洞化しています。
■2011年調査によると「私には価値がある」と答える割合は米57%、中42%、日8%。「自分を肯定的に評価する」と答える割合は米41%、中38%、日本6%。「自分をダメな人間と思うことがある」と答える割合(そう思う+まあ思う)は米45%、中56%、日73%。自信なげにキョロ目で右顧左眄する日本の高校生のさもしい姿が目に浮かびます。
■内閣府の2018年の13〜29歳の若者調査によると「他人に迷惑をかけなければ何をしても自由」と答える割合(そう思う+まあ思う)は米82%、仏81%、独77%、韓77%に対し、日42%。日本は逆にノー(思わない+まあ思わない)が49%。これは日本に特異な不倫炎上現象(最近は東出昌大&唐田えりか騒動、少し前はベッキー騒動)を説明します。
■諸外国的には「おまえに関係ねえだろ」で終了。精神病理学の公式では、自分が自由に生きられない者は、自由に生きられる者に嫉妬する。1月31日の沢尻エリカ初公判(合成麻薬所持)では19席の傍聴席に2229人が並びましたが、多くは女で、マイクを向けられると「反省しているかどうか見に来た」と答える者ばかり。これは道徳ではありません。
■データが告げるのは「損得親が育てる、ダメ意識を持つ子」です。長く親業ワークショップをして分かるのは、日本の親が「勝ち組・負け組コミュニケーション」に淫すること。「愛と正しさを生きていれば幸せになれる」と教えない。社会の勝ち組は1割以下だから、そんな親に育てられれば、高校段階で9割が「自分はダメ」と思うのは当然でしょう。
■「愛より金」の親に育てられた子は、親の「正しさより損得」のメッセージを受け取るがゆえに親を尊敬できず、家族が楽しくなく、自尊感情が低く、自信がなく、嫉妬深い。森川嘉一郎氏が論じるように、東大を含めた「一流大学」の学生も多くがダメ意識を持ちます。遊びや性愛を犠牲にしてきた分、周囲のノリがいい学生についていけません。
■損得親による抱え込みが、ダメ意識を醸成します。劣等感を抱く者は、嫉妬深くなるのみならず、さもしくなりがちで、フロイト派の公式では権威にも這いつくばります。嘘・隠蔽・改竄だらけ安倍首相(「募ったが募集していない」)や官邸官僚(酒田元洋内閣府官房総務課長「承知したとはヤルという意味じゃない」など)をみればいいでしょう。
■東大一族の中で育った安倍の劣等感はもとより、一流大卒の官邸官僚も入省順位の動物で、序列の下にいる者は劣等感を抱えます。だから順位を超えて取り立てられると「クソがついたケツでもナメる」。それが省庁全体をスポイルします。自分より能力も道徳も劣った者が取り立てられれば、「あんな輩に負けてたまるか」とケツナメ合戦に加わります。
■クズ官僚の背後に、彼らを「勝ち組」として讃えるクズ親の顔が見えてきます。日本中がそうした「美しい」親だらけ・大人だらけです。嘘・隠蔽・改竄が常習の政権でも、政権担当能力が怪しい野党に変わるよりマシ、「規定された否定性(クズの程度が知れてる政権)」の方が「未規定な否定性(何をするか分からない野党)」よりマシ、云々。
■最近の米国は例外ですが、ヨーロッパ先進国であれば、嘘・隠蔽・改竄が明確になった時点で政権は「即死」します。ウェーバーに従えば、政権政治家には戦争を始める力=若者を死地に赴かせる力があるからこそ、法廷での民衆の推定無罪と違い、政治の場では推定有罪が原則で、反証責任は政権政治家にあります。日本の現状は、滑稽な笑い話です。
■そうした「美しい」親や大人を見て育つ子がますます「美しく」なります。何度も発言してきたように、安倍首相や官邸官僚は「原因」ではなく「結果」です。公概念を欠いた一般の大人たちが、構造改革できずに生産性をどん底に落とし、政治を末代まで語られる笑い話にしています。人間がこれだけクズ化すると、制度を変えてもどうにもならない。

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■次に背景です。山岸俊男氏によれば、複数の尺度から見て、日本人は集団主義的どころか、どの国の国民よりも自己中心主義的です。集団主義に見えるのは、所属集団内のポジション取りにだけあくせくし(滅私奉公)、全集団にとってコモンズ(共有財)たるプラットフォーム(公)に関心を持たないからです。これは江戸時代から不変の国民性です。
■とすれば、なぜ日本が急速に崩れたのか。子を切り口にすると、過去40年、地域と家族の空洞化ゆえにクズ親に抱え込まれ、複数の集団や界隈への多元的所属が失われました。僕は小学校に6つ通った転校生でしたが、生き残りの知恵として、クラスだけでなく、ヤクザの子の界隈に所属し、女子の界隈に所属し、被差別の子の界隈に所属していました。
■その経験が後の社会学的フィールドワークの糧になりましたが、この多元的所属を得たのは外遊びを通じてです。子どもは日が暮れてから帰るのが当たり前、晩飯までに帰らなくても誰かの家で食べているだろういう「信頼ベース」でした。今の子は時間があればゲームか塾。外遊びしない。いつからかそうか。1980年代からです。背景は郊外化です。
■2段階で生じました。第1段階は1960年代の団地化=[地域空洞化×家族内閉化(専業主婦化)]。地域の相互扶助が専業主婦の不払い労働に置換されます。第2段階は80年代のコンビニ化=[家族空洞化×システム化(市場化・行政化)]。85年の男女雇用機会均等法をコンビニ弁当(市場)と保育所(行政)支えた代わりに、家族の共食機会が激減します。
■85年には電電公社民営化で買切式になった電話が多機能化して個室化する。ロードサイドショップでNIES諸国のOEM供給でテレビが1万円台で売られて個室化する。直前のワンルームマンションブームで単身世帯化し、個室化した電話とテレビが「一つ屋根の下での疑似単身者化」を進める。それを背景に「世界初の出会い系」テレクラが爆発します。
■かくて地域と家族が空洞化すると、子どもは日が暮れてから帰るのが当たり前、晩飯までに帰らなくてもヨソんちで食べているという「信頼ベース」は、「不信ベース」にシフト。何か事故が起きると設置者や管理者を糾弾する「新住民化」が一挙に拡がり、箱ブランコや回旋塔の撤去、小川の鉄柵化や暗渠化、屋上や校庭のロックアウト化が進みました。
■新住民化で外遊びできなくなったから塾通いが拡がったのです。親が勉強熱心になって塾通いで外遊びしなくなったと考えがちですが、逆です。外遊びできなくなり、ヨソんちで遊べなくなったから、出来不出来に関係なく、塾通いし始めた。実際、塾といっても大半が勉強塾というより居場所塾。塾経営者は当初から居場所感の醸成に腐心したのです。
■同じく80年代半ば、家庭用ゲーム機が入ってきて、同じく外遊びできなくなった子の受け皿機能を果たします。外遊びは言外/法外/損得外で人と繋がる訓練そのもの。ヨソんちでの晩飯は交換ならぬ贈与そのもの。その機会が奪われたら言葉の自動機械/法の奴隷/損得マシーンとして育ち、対価がないと何もしないクズな大人になるのは、仕方ない。

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■切り口を離れて一般的に記述します。ボキャブラリーを整えます。社会学にはコミュニティ(共同体)とアソシエーション(組織集団)の対概念があります。便益調達に注目した生活世界とシステムという対概念もあります。近代化=合理化=計算可能化=手続主義化すると、「共同体から組織集団へ」「生活世界からシステムへ」とシフトしていきます。
■これらのボキャブラリーから、地域と家族の空洞化を必然だと理解できます。2段階の郊外化を想起しましょう。かつて人は地域や家族の共同体内で便益を調達しました。これが生活世界。そこに「便利で快適だから」とシステムが入り込む。市場と行政を使う訳です。当初は、我々(共同体)が便利になるからシステム(市場や行政)を使います。
■やがてシステム依存が進み、共同体を頼らずにシステムだけで便益を調達可能になる。すると我々意識(共同体意識)が消え、個人が分断されます。個人は相変わらず便利と快適を追求していますが、システムの主体というより、システムの操縦対象に成り果てます。これが「汎システム化」です。汎システム化の度合は、実は大災害時に顕在化します。
■システムに全面依存しているとシステムが止まった災害時に路頭に迷います。生活世界が残っていれば災害時に「災害ユートピア」が出現します(レベッカ・ソルニット)。95年の阪神淡路大震災では災害ユートピアが出現しましたが、2011年の東日本大震災では全員分が揃うまで救援物資を配れない避難所が続出しました。紛争が生じたからです。
■ことほどさように、汎システム化して生活世界が駆逐されると、人がクズ化=[言葉の自動機械/法の奴隷/損得マシーン]化します。日本はどの国より汎システム化が進んでいます。災害大国の自殺行為です。なぜなのか。理由は、長いものに巻かれる「共同体従属規範」があっても、共同体の存続に大目的を置く「共同体存続規範」がないからです。
■その延長上で「社会存続規範」もない。全集団の共有財にコミットせず、所属集団内での席次取りに浮き身をやつす。なぜ「共同体存続規範」がないか。理由は単純。生活のために助け合う便益の視座しかなかったから。この視座に立つだけで自動的に共同体が存続したからです。別言すれば、共同体同士のジェノサイド(全殺戮)がなかったからです。
■それは一神教的帰依がなかったから。ユダヤや中国のようにジェノサイドに晒されてきた民族の多くは血縁主義です。血縁主義は「共同体存続規範」の自覚的表象。それがなければ動産・不動産を奪われた時に共同体が死滅します。日本にあるのは地縁主義。これは生活のために助け合う「共同体従属規範」で、生活できるなら全てシステムに明け渡します。
■ジェノサイドがなかったのを幸運とは言い切れません。実際それゆえ日本人は、血縁主義社会が血縁集団存続を目的とするようには、地縁集団の存続を目的にできなかった。だからどこより早く共同体と生活世界を失い、それに気づきもしない。集団の存続に執らないから、全集団を支えるプラットフォームにも執らない。かくて逸早く社会が崩壊します。
■日本は固有の事情で汎システム化が一挙に進んで人がクズ化しました。でも他国もグローバル化による中流崩壊とインターネット化による分断で汎システム化しつつあります。人の感情的豊かさを条件とする民主政はもう回りません。それに気づかせてくれる安倍とトランプは福音です。処方箋は「制度から技術へ」。それはどんな技術?落とし穴は?
投稿者:miyadai
投稿日時:2020-02-22 - 10:48:44
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まもなく『ドルフィン・マン』がUPLINK吉祥寺で公開されますが、関連する拙論を公開します

11月下旬からジャック・マイヨールを描くドキュメンタリー映画「ドルフィン・マン」が公開されます。僕は英語版で既に見ていますが、内容はお兄さんが書いた『ジャック・マイヨール〜イルカと海に還る〜兄ピエールが語る「自死」の真相』(03)と重なります。

ただしお兄さんの本が徹底したマイヨール批判であり、映画「グランブルー」が徹底したマイヨール礼賛であるのと比べると、中間あたりかな、という感じです。事実上この「ドルフィン・マン」への批評にもなるような文章を2005年に書いているので、シェアさせていただきます。




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フランス映画『グラン・ブルー』と日本映画『欲望』に、「ショボイ真実を知らぬが故に全体性の夢を見る」ウブな他者を愛することが、〈世界〉から〈社会〉への帰還理由を与える奇跡を見出す
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■与那国島を愛する者は誰でも、リュック・ベッソン監督『グラン・ブルー』(88)のモデルになった無呼吸潜水の世界記録保持者ジャック・マイヨールが、与那国島「海底遺跡」に深い興味を示し、何度も潜水探査したことは、嬉しく、誇らしかったろう。私も同じだ。
■2001年暮れ、マイヨールが自死したと知って大きな衝撃を受けた。『グラン・ブルー』に「予告」されたような理由なのか。映画のラストで、妊娠したから〈社会〉に帰還して欲しいと泣いて請う恋人に対し、〈社会〉を捨て〈世界〉に身を投じる姿が描かれている。
■先日、古本屋巡りをしていたら、兄ピエール・マイヨールが書いた『ジャック・マイヨール〜イルカと海に還る〜兄ピエールが語る「自死」の真相』(03)を見つけた。迂闊にも本の出版を知らなかった私は、旅先で貪り読んだ。読了した後、暫く憂鬱な気分になった。

【最も神に祝福された男が自死を選ぶ理由】
■つまらなかったのではない。琴線に触れて言葉を失ったのだ。知らないことが多かった。マイヨールは1927年、上海のフランス租界で生まれた。この地では、私が愛するSF作家J・G・バラードが1930年に生まれ、我が母も1935年に生まれている。益々近く感じた。
■支那事変勃発(1937年)で実家のマルセイユに移り、兄弟で素潜りする毎日を送った。《私たちは午前中は、岩から岩へと飛び移り、昔の要塞まで行きました。ジャックはそこでフィンもつけず、20メートルまで潜ったのです。素晴らしい毎日でした》(前掲書)。
■成人したマイヨールは北欧放浪に出て、恋をし、娘を授かる。家族よりも探険を興味を持った彼は、家族を捨て、カナダ、アメリカ、ケイコス諸島と転々とする。アメリカ時代、マイアミ水族館でイルカのクラウンと運命的な出会いをし、イルカ人間説を主張し始める。
■マイヨールによれば、人間同様、感情と理知に満ちたイルカは、しかし人間と違い、〈世界〉と滑らかに一体化した存在だ。だが、人間もかつてはイルカと同様な存在(ホモ・デルフィナス)だった。それが、やがて両棲性を失って〈世界〉から疎外されたのだという。
■彼は、人間の両棲性は遺伝子に記憶されているとし、退化した両棲性を無呼吸潜水で呼び覚ませると考え、それを実証する実験に繰返し挑んだ。その結果、水深60メートル以下に潜ると、イルカやクジラにしか起きない筈の現象がマイヨールに生じることが分かった。
■即ち、深く潜ると水圧で横隔膜が上昇して肺が潰れ、欠乏する酸素を補うために四肢の血液が脳に集中する。その結果、脈搏はどんどん遅くなると同時に、主観的にはトリップ体験が生じる。トリップ体験は、イルカの〈世界〉との滑らかな接続ぶりを証すものだ。
■その意味でマイヨールは、イルカ人間になろうとして、誰よりもイルカ人間に近づいた。イルカが体験しているのに似た〈世界〉との一体性を知る男。その彼が精神に破綻を来たした上、自死した。誰にとっても大きな謎である筈だ。謎を解くヒントが本書にはあった。
■精神が崩れ出したのは死の二年前。《天国の不在を知った者は死ぬしかない》《あんなに[ヨガでの]自己コントロールに時間をかけてきたのに、何にもならなかった》《存在しもしないサンタクロースを演じる人生に飽き飽きしたよ》と、自殺念慮を語り始める。
■彼はクラーク・ゲーブルに似ていて誰よりも女にモテた。彼を主人公とする映画のヒットで誰よりも名声を得た。世界で最も風光明媚な四カ所に居を構えた。日本語を含めてあらゆる国の言葉を喋って世界中を庭のように移動した。そして誰よりもイルカに近づいた。
■兄《お前ほど神に愛された人生を送ってきた者はいないぞ》。マイヨール《神なんて、説明のつかないものを説明するために、人間が自分の都合ででっちあげたもの。この世に真実はない。プラトンの弟子も言っているが[真実と呼ばれるものは]解釈に過ぎない
■謎を解くヒントは、生涯のライバルであり友であったシチリア人エンツォ・マイヨルカとの、際立った対照だ。映画ではエンツォ・モリナリという名前で描かれている。無呼吸潜水記録105メートルの記録を持つマイヨールと競い合う形で101メートルの記録を持つ。
■マイヨールはいつもファンや女たちに囲まれていたが、マイヨルカはいつも血族に囲まれていた。マイヨールは晩年孤独を深めたが、マイヨルカは子や孫が増えて益々賑やかになった。マイヨールは〈社会〉と調和できなかったが、マイヨルカは〈社会〉と親和した。
■マイヨールは老年期の身体の衰えを(〈世界〉からの剥落として)悲観したが、マイヨルカは身体の衰えを喜んで受け入れて旺盛な執筆活動にシフトした。マイヨールは潜水で〈世界〉との癒合を目指したが、マイヨルカは飽くまで〈社会〉で意味ある競技だとした。
マイヨールは〈世界〉から〈社会〉への帰還理由を見出せず、マイヨルカはいつも帰還理由を見出した。マイヨールは明らかに「脱社会的存在」で〈社会〉よりも〈世界〉に帰属したがった。でもそれだけでは生死が等価になるだけで、積極的な死の理由にならない。
■私は数的無限論における実無限と可能無限を思い出す。実無限説では、数えられる無限(可算無限)があるとし、数(濃度)の異なる無限があるとする。カントール以降主流になった。アキレスと亀のパラドクスを可能無限説で記述したアリストテレスにそれはない。
■マイヨールはいわば可能無限説の立場に立ってアキレスと亀のパラドクスを生きる者だったのではないか。即ち、人がイルカに幾ら近づいても、もっと近づける(分割無限)。しかし、これは逆に言えば、人は永久にイルカにはなれないということだ。0.9999…≠1。
■別言すれば、我々は「意味から強度へ」を意味を通じて達成するしかないという〈社会〉の業から永久に逃れられない。「『言葉を超えた生々しいもの』という言葉」への依存を戒めるデリダのエクリチュール論を想起するのがいいだろう。

【マイヨールとマイヨルカのギリシア的対照】
〈世界〉から〈社会〉に帰還しない男(マイヨール)と帰還する男(マイヨルカ)の対照は、数多く反復されてきた。例えば連載でも紹介したキャスリン・ビグロー監督『ハートブルー』(91)での、強盗団の親玉ボーディ(仏陀)とFBI捜査官のジョニーの対照。
■かたやサーフィンを極め、かたやフットボールを極めた。今や二人は揃ってサーフィンを極め、〈世界〉と接触する。だがボーディは反社会的な振舞いを契機に〈社会〉を放棄、海の藻屑と消えるのに対し、〈社会〉の放棄を誘惑されたジョニーは〈社会〉に留まる。
■『グラン・ブルー』では(史実と異なり)無呼吸潜水の失敗でマイヨールの腕の中で息を引き取るマイヨルカが、《お前が「海の底から戻ってくる理由が分からない」と言う訳が分かったよ》と言い残す。映画にも、帰還しない男と帰還する男の対照が描かれるのだ。
■しかし映画は、ドラマツルギー上の理由から、〈世界〉から帰還しないピュアさを、〈世界〉から帰還する俗物さと対比させ、ピュアさに肩入れする。果たしてどうか。マイヨールの兄は、むしろ〈社会〉にいつも確実に帰還するマイヨルカの方に「健全さ」を見出す。
■「健全さ」は無論〈社会〉的な価値だが、それを踏まえて言えば「不帰還/帰還」の差異は初期ギリシア、就中、プラトン的問題だ。ソクラテスへの憧憬の色濃い初期プラトンで描かれたソクラテスの言説には、ネオテニー(幼態成熟)図式に似たものが見出される。
そのソクラテスによれば、〈世界〉と滑らかに癒合できない「欠けた存在」だからこそ、人は精神活動(知的活動)を営む。かかる言説の背景には、伝説に名を残すべく行為する者だけが貴く、精神活動(知的活動)は卑しいという、初期ギリシア(アテネ)のポリス的常識があった。
■初期ギリシアでは、〈世界〉の根源的未規定性(ディオニソス的悲劇)に開かれるが故にみなぎる内発性が尊ばれた。ギリシア古典文献学者の若きニーチェはこの事実を参照し、〈世界〉に閉ざされるが故に力を意欲できない弱者こそ、超越神や形而上学に浸るのだとした。
ジャック・マイヨールも然り。イルカには感情と理知がありつつ、〈世界〉と滑らかに癒合するが故に、人間の如き卑しき精神活動がない。〈社会〉は卑しき精神活動の産物だ。とりわけ地球環境問題を通じて彼は、卑しき精神活動の産物である〈社会〉に、ウンザリしていた。
■しかし、やがてプラトンはソクラテスに代表される初期ギリシア的なものから決別する。説明しよう。初期ギリシア市民=戦士はファランクス(密集戦法)の直中で経験する昂揚を愛でた(戦いこそがエクスタシー)。知への依存より、意欲による自立こそが尊ばれた。
〈世界〉の根源的未規定性が不安だからとエクリチュール(書かれたもの)や超越神に依存する態度は、軽蔑され、根源的未規定性へと開かれることによるミメーシス(模倣・感染)で得た内発性(自立)こそが尊ばれた。名を残す「行動」にのみ意味があるとは、そういうことだ。
■だが、イルカ人間の如き戦士が市民を構成するアテネ黄金時代は、ペルシア戦争勝利(前479年)からペロポネソス戦争敗北(前404年)までの短期間しか続かない。やがて識字率が増大、貨幣経済が普及、政治的混乱が拡がった。内発性だけでは社会が成り立たなくなってきた。
■社会の秩序を担保するために内発性に優越する物差しが必要になり、後期プラトンのイデア概念や哲人王概念が生まれた。これは、社会的不透明性の増大に基づく血讐(同害報復)的手打ちの困難化から裁定者が生まれるとする、法社会学の法進化図式と奇しくも同型だ。
■プラトン的断念の背後にあるのは、社会的複雑性(対処すべき問題の多さ)に対応した、実存的視点と社会的視点の分化だ。実存だけを求めると社会が成り立たない。さて、師ソクラテスを崇敬しつつ、〈社会〉のために師の嫌う超越を持ち出したプラトンは、俗物か。
■意欲(による自立)から知(への依存)へのシフト。未規定なものから規定されたものへのシフト。主意主義から主知主義へのシフト。これはある意味ソクラテスにおいて既に生じている。知への依存を戒める知──無知の知──という再帰的な両義性が、象徴的だ。
■だから、主知主義の始まりをソクラテスに置くかプラトンに置くかで、学者の立場は分岐する。先のデリダ的な立場では、無知に知的に言及するソクラテスは、言及を書き留めるのが知的な(ノリの悪い)プラトンであることからして、既に主知主義だという他ない。
〈世界〉と癒合したイルカ人間ではもう〈社会〉を生きられない。それに気付くと道は分岐する。イルカ人間になって〈社会〉を捨てるか。イルカ人間を捨てて〈社会〉を取るか。エンツォ・マイヨルカ=プラトンは迷わず後者だが、ジャック・マイヨール=ソクラテスには逡巡がある。

【三島の「少女趣味」を知ってこそ愛でる】
■小池真理子原作・篠原哲雄監督『欲望』(05)は、三島由紀夫を参照しつつ、ギリシア哲学的差異を反復する。一口で纏めれば「ショボイ真実を知らぬが故に眩しい全体性の夢を見るウブな男」を愛でる「ショボイ真実を知る女」の話。極めて着眼が良いが失敗作だ。
■不倫に溺れる主人公の司書類子は、勃起不全の元同級生正巳に恋をする。共に20歳代後半で三島好きだ。類子と正巳の共通の同級生阿佐緒は30歳年長の精神科医亮介と結婚する。セックスレスで苦しむ阿佐緒は家政婦初枝が亮介の子を身籠ったと勘違いして激突死する。
■恋する類子は不倫を清算する。肉体愛を超える類子と対照的に、肉体愛の不全に苦しむ正巳は沖縄で自殺する。十年後、目を患った亮介の音読介助に訪れた類子は三島の『天人五衰』ラストの朗読を頼まれ、激しく嗚咽する(因みに嗚咽するシーンは原作にない)。
■精神科医亮介は、〈世界〉と滑らかに癒合し得ぬが故の人間的精神活動を軽侮して言う。《不遜な言い方ではありますが人間の精神そのものを信じていない。私が信じるのは人間の外側[行為]だけです。…だからこそ治療の意欲が沸くんです。精神が偉大なものだと信じていたら私はとっくに絶望し、くたびれ果てて精神科の門を叩いていたでしょう》。
■同じく亮介が正巳に語る台詞が印象的だ。《君は完璧に美しい青年だ。だがその美を台無しにしているところがある。精神だよ。脆弱な精神がその美を殺してしまっている》。最初の台詞に不倫の情事のカットが続き、精神を介さぬ〈世界〉との癒合が暗示される。
■沸き上がる情欲が精神のガラクタを押し退けて〈世界〉との癒合をもたらす──フロイトの「エロス(性への欲望)とタナトス(死への欲望)の近接性」の議論の焼き直しだが、類子が情欲に忠実になりゆくほど、情欲に忠実たり得ぬ正巳の苦悩を理解するのは自然だ。
■現に正巳は、自らは情交を通じて〈世界〉と癒合し得ぬが故に、〈世界〉の中での仮の存在のままなのだと語る。そして、〈世界〉との癒合不可能性ゆえに正巳は三島に傾倒し、類子もかつてはそうだったことを思い出す。正巳のロジック自体は前述のマイヨール的だ。
■だが違和感がある。勃起不全がかくも重要か。挿入性交が〈世界〉との癒合を招くのか。招かないと知るが故に類子は勃起不全を気にしないのではないか。ならば情交を通じた癒合の期待が正巳の主観的妄想であることを描けば違和感は減る。だがそうは演出されない。
■だがこの失敗は思考の種を提供してくれる。ここには、挿入性交を知らぬ不全の故に〈世界〉癒合の夢を託す正巳の「幸い」と、挿入性交を知るが故に却って〈世界〉癒合の不可能を知る類子の「不幸」が、逆説的に対比されているとも見られる。実に批評的な対比だ。
ショボイ真実を知らぬが故に全体性(輪廻転生)の夢を見る──この構造は『豊穣の海』の最終巻『天人五衰』ラストの松枝清顕の虚無が示すものと同一だ。或いは三島のギリシア古典主義的妄想と同じだ。脱稿直後の自決を考えると三島自身の自己言及とも見られる。
■私は複数の場所(いいだもも『1970・11・25三島由紀夫』への解説等)で「ショボイ真実を知らぬが故に全体性の夢を見る」三島の癖を「少女趣味」と軽侮した。マイヨールも三島を愛読したが、二人共自らの「少女趣味」を突如自覚したが故の自死の可能性がある。
■問題はそこから先だ。類子は「ショボイ真実(挿入など所詮…)を知らぬが故に全体性の夢を見る」正巳を、ショボイ真実を知るからこそ愛する。この愛は師ソクラテスに対する後期プラトンの立ち位置とどこか似ていないか。因みに愛は行為ではなく体験(降ってくるもの=パトス)だ。
■思えば、エンツォ・マイヨルカも「三島的な」ジャック・マイヨールを愛した。「三島的な」ジャック・マイヨールがエンツォ・マイヨルカを愛したよりも愛した。ここに、マイヨルカの、ジョニー(『ハートブルー』)の、プラトンの「帰還の謎」の答えがあるのではないか。
イルカ人間ならぬ我々はもはや「他者(〈社会〉)を通じてしか〈世界〉を想像できない」が、むしろその事実をこそ圧倒的に意欲し得るのではないか。そこでは「『言葉を超えた生々しいもの』という言葉」をこそ「再帰的に」肯定できないか。然らばその条件は如何。
投稿者:miyadai
投稿日時:2019-11-01 - 03:52:40
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映画批評:日曜日は終わらない(1999年)   (2004年の原稿です)

映画批評:日曜日は終わらない(1999年)             宮台真司


■かつて平田オリザの演劇ワークショップに参加した際、日常的なコミュニケーションの普段は見過ごしがちな豊かな様相に気づかされ、感銘を受けた。彼のワークショップは、参加者に何かを演じさせた後、質問に答えさせることで気づきへと導くスタイルを持つ。
■道具を一切使わないで、架空の大縄飛び、架空のキャッチボール、架空の大玉転がしなどを演じさせる。それを通じて、協同身体行為にも、演じやすいものと演じにくいものがあること、演じやすいものは共通前提を当てにしやすいものであることを、気づかせる。
■また短い会話劇を演じさせる。演技がなじんで来た頃に平田オリザが問う。なぜそのセリフだけ声が小さくなるか。なぜそのセリフだけ早口になるか。かくして日常会話の諸側面が一定の機能を持つことを、すなわち機能ゆえに一定の形式に収まることを納得させる。
■参加者はこうして自らの「日常」を新たな機能的フレームで一望できるようになるのだが、私は逆に、平田オリザの「会話劇」がかくも念入りな機能分析によって構成されていることに驚嘆した。例えば彼は全ての間合いの機能的意味を0.1秒単位で説明できるのだ。
■そんなふうに演出された演劇だからこそ、「静かなる演劇」と呼ばれるにもかかわらず、あまりのリアリティに観客は息を飲まざるを得ない。会話が構成する、ありそうもないほど精妙な秩序に、美的に共振してしまう。それは会話の意味に引き込まれる経験とは違う。
■彼の会話劇は、感情移入による興奮よりも、むしろ『野生の思考』のレビストロースが花弁の構造のありそうもなさに驚嘆したのに似て、かくも精妙なものが〈世界〉の中に存在するということへの驚きへと私たちを誘う。〈社会〉ではなく〈世界〉の中の興奮──。

【感動的な「郵便的」絡み合い】
■北野武監督『ソナチネ』(1993年)もかつて出品されたカンヌ映画祭の「ある視点」部門に、昨年は高橋陽一郎監督『日曜日は終わらない』が出品された。1999年にオンエアされたNHKのハイビジョンドラマをフィルム化したもので、国内では上映されていない。
■先日、大阪のシネヌーボーで『TRUTHS:A STREAM』の槌橋雅博監督とのトークイベントを行った際、高橋監督(あえて監督という)からビデオを授かった。「『終わりなき日常を生きろ』を書いた宮台さんなら全て分かってくれると思う」という言葉を添えて。
■主人公・一也(水橋研二)は、同じ会社で働く父・与志紀(渡辺哲)からリストラを宣告され、与志紀と離婚した母・しのぶ(りりィ)と暮らし始める。祖母を車で撥ねた八百屋の坂本(塚本晋也)と親しくなった母は、再婚。一つ屋根の下で、一也は居ずらくなる。
■職もなくブラブラする一也は、ピンサロで働く佐知子(林由美香)と出会い、日曜日に海へ行こうと約束する。約束の日、一也は衝動的に継父・坂本を殺し、服役する。数年後に出所した一也は、父・与志紀の元に身を寄せる。父はそれまで知っていた父とは違った。
■既に退職した父は、かつてリストラした部下と組んで退職金をつぎ込み、ロケットを建造中だった。それが大がかりな自殺計画なのだと人づてに聞いた一也は、果たせなかった約束を実現すべく佐知子を探し当て、海に出かける。夢の時間は過ぎ、発射時刻が迫る…。
■何とも奇妙な筋立てだ。要約してもピンと来ない。それもその筈、この作品では時間的展開に殆ど意味がない。共時的な様相──ココにこんな人、アソコにあんな人が存在して、意思の疎通と関係なく「郵便的」に絡み合いつつ、それなりに秩序立つ様子が描かれる。
■だが実はそれこそが感動的なのだ。観はじめて五分も経たずに「この作品はただものではない」と確信できる。なぜか。ああ、確かに〈世界〉はそんなふうだ、自分も分かっていたことだ、という具合に、先の演劇体験に類似したものを享受させられるからである。

【「外への言及」と「モチーフの豊かさ」】
■この映画の良さは、演劇的なものと深く関係する。まず、脚本は、平田オリザと並ぶ「静かなる演劇」の雄・岩松了。その脚本は、演劇作家に特有の工夫に満ちている。その工夫は、残念ながら日本映画の脚本には滅多に見られることがない。その工夫とは何か?
■自由にカッハドックできる映画と違って、演劇は舞台が固定されて動かない。暗転による場面転換も、映画ほどは自由にならない。それゆえに優れた演劇作家の台本は、固定した舞台ゆえの「揺動装置」に満ちている。一つは、前回も言及した「外への言及」である。
■本当は舞台しかないのだが、舞台の外にも大きく演劇的世界が拡がっているかのごとき大嘘をつくために、会話の中で、舞台上に存在しない人物、舞台上に展開しない空間に、効果的に言及する。この映画では、母の会話でさりげなく言及される坂本が、例になる。
■だが何よりも、ピンサロでの佐知子と一也との会話で言及される海だろう。《海いこうよ》《海、海かあ、海ね、たまにはいいかもね》《いこう》《うん、いいよ》《日曜日》《こんどの?》…。その日曜日が結局やって来ないが故に、まだ見ぬ海が心に残り続ける。
■「外への言及」と並んで、もう一つ重要なのが、「本筋に関係ないモチーフの豊かさ」だ。『日曜日は…』を観た者は、本筋に関係ない雑多なモチーフの豊かさに確実に圧倒されるだろう。圧倒されて、観終わったあと日常世界を眺めるフレームが変わるほどである。
■入浴時に潜水する癖のある一也が、必ず潜水後に風呂場に持ち込んだ牛乳を飲むエピソード、然り。ピンサロの初回入店時に佐知子からペンライトの使い方を説明された一也が、次の入店時に佐知子に気に入られようとしてペンライトを持参するエピソード、然り。
■一也が佐知子にパンティをプレゼントしようと『後ろから前からどうぞ』のBGMが流れる下着屋に入って店員と交わす間抜けな会話、然り。姉の旦那がインド人で、一也の出所祝いの水羊羹の宴(!)で「いただきます」を皆でインド語で合唱するエピソード然り。
■加えて高橋監督の演出も、演劇性を強く意識している。長尺の超ロングショット(引きの画面)に多勢の人物が同時に縱ないし横の構図で収まり、身体挙動で、会話で、絡み合う。身体挙動の絡み合いは複焦点的で、どこに視線を集中して享受するのも観客の自由だ。
■そして会話は間合いが絶妙だ。とりわけ口数の多くない一也と佐知子の会話は演劇ワークショップの手本だ。場合によっては質問と答えに3秒以上の間が空く。だが3秒ならば3秒が必然的で、2.9秒でも3.1秒でもダメだと確信できるほど練り上げられた間合いだ。
■翻ってみると大半の日本映画は、まず台本が専ら本筋に関わるモチーフだけで構成され、「世界はそんなに貧しくねえよ」とツッコミを入れたくなる。加えて、多様される寄りの画面はここに意識を集中しろと言わんばかり。世界の骨と皮の貧相さばかりが強調される。
■平田オリザに《映画に関わって日本映画の会話的・身体挙動的な貧しさにカツを入れて欲しい》と言ったら、《そりゃ勘弁してください》といなされてしまった。それほどに日本映画は会話的・身体挙動的に貧しい。演劇界との人材交流がもっと必要だろうと思う。

【感動を呼ぶ「神話的形式」】
■こうした脚本と演出の総体が与えるものは、実存批評上の焦点に深く関わる。瀬戸内の寂れた工場町を背景に、一人の若者が「心ここにあらず」といった風情で生きる。この若者は、〈社会〉の中ではなく〈世界〉の中を生きている。いわば「脱社会的存在」である。
■観客はその事実に、若者が継父殺しをする以前から完全に納得させられている。なぜか。吟味されたロケハンによって選ばれた、美しいというよりも豊かなという形容が相応しい風景の中に、全ての人物が単なる点景として存在する。観客は彼らを外の視点から眺める。
■観客は、コミュニケーションの内容というよりは、コミュニケーションが織りなす絶妙な秩序に、動物行動学者のごとく感嘆する。観客は、コミュニケーションの意味内容と同時に、たえずコミュニケーションの向こう側に拡がる風景に注意を向けるように促される。
■だから観客は〈社会〉ではなく、むしろ〈世界〉に向けて絶えず意識を誘導されている。そんな豊かな〈世界〉の中で、若者はたった独り、自転車の曲乗りをし、風呂の中で潜水し、廃車の上で寝転がる。若者は、誘導された観客同様、〈社会〉にはもはや関心がない。
■彼は〈世界〉と接触しながら生きる「脱社会的存在」──自らの尊厳が社会関係の内側にない存在──だ。が、あくまで柔和で、凶暴ではない。そんな「柔和な脱社会的存在」が、衝動的に継父を殺す。なぜか。継父が若者の〈心の中〉に入って来ようとしたからだ。
■むろん継父は単に仲良くしようとしただけだ。だがそれが若者には何よりウザい。継父 は〈世界〉内的存在を〈社会〉内的存在にしようとしたから殺された。言い換えれば「柔和な脱社会的存在」は、無理矢理〈社会〉に引き戻されない限りにおいて「柔和」なのだ。
■そんな若者が興味を持った唯一の人間的存在が、一人のピンサロ孃。彼女と過ごす日曜日という夢だけが、彼に生まれて初めて〈社会〉の中を生きる動機を与える。なのに、不器用な継父のお節介のせいで日曜日はやって来ず、若者は一旦は〈社会〉から放逐される。
■映画や小説や演劇に繰り返される神話的形式がある。〈社会〉から一旦放逐された者が、〈社会〉の内と外に同時に属する「周辺人」の力を借りて、〈社会〉に再統合される──。これからも連載で何度か言及するだろうこの図式が、『日曜日…』にもこの後反復される。
■「周辺人」とは誰か。二人いる。一人は佐知子。もう一人は母と別れて家を出た実父だ。娑婆に戻った若者は、ピンサロ孃と夢の日曜日を生きる。夕闇迫る美しい廃墟の中で尻取り(!)をし、真っ赤な花を摘む。感動的なことに二人は揃って〈世界〉に接触する──。
■それに増して、唐突に登場する巨大ロケットは感動的だ。父の部下は、大気圏外に出られるが、帰還できないという。意外なことに父もまた〈世界〉と接触しつつ生きる存在だったのだ!〈社会〉の中をうまく生きられない若者・ピンサロ孃・父親の、つながり合う輪。
■「脱社会的存在」が〈社会〉に凶暴な敵対をせず、柔和なままに存在し続けられるとすれば、その条件は? 〈社会〉に引き戻すことか。「脱社会的存在」のつながり合う輪か。この映画(!)は、文句なしに、九〇年代日本映画のベスト3に入ると断言できる。
投稿者:miyadai
投稿日時:2019-06-16 - 13:17:51
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