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■ 宮台真司ETV特集「海を行く〜寄せては返す日々」
98年の暮れ、NHKのドキュメンタリの製作に関わった直後に、学生S君に対して、番組で語りきれなかった僕の思いを喋ってみました。

その1 油津の人々

 僕はもうじきNHKのETVでやる「海を行く」という4回シリーズの1回を担当するので、宮崎日南市油津という漁港を取材した「寄せては返す日々」という番組の取材で先日2泊3日で日南市油津に行きました。

 油津というところは、日南の小さな漁港。特徴点がもしあるとすると、漁師さんの数が約80人いるのね。だけど大体50人が遠洋船のマグロ船に乗ってて、マグロを追いかけているから、(油津には)いないわけだよ。残り30人が、沿岸の近海の小型船の漁師さんをやっている。マグロ船に乗って遠洋に行っている連中は、比較的若い人が多いのね。30代、40代がいるんだけど。近海の小船に乗っている漁師さん達は、平均が59歳なんだ。要するに、平均で60歳。上はもう70歳くらいの人もいる。一番若い人でも35歳、でもそれはただ一人ぽつんといて、大体が50代後半から60代前半くらい。普通でいったら会社を引退するようなおじいちゃんたちが、漁師をやっている。

 この近海の小型船の漁は、今回取材した8、9月はトビウオの漁なんだけど、大体季節によって代わって、10月からになると、お正月のマグロになったりとか、一年で3〜4回代わるのね、対象となる漁の魚の種類が。

 漁も、大体主に2つのやり方で行われてて、一つは「トロール」と言って、船があると船の両側に羽根のように大きなサオを出して、サオに釣り針を出して、船で走り回って釣る。これはマグロやカツオを捕るときのやり方ね。

 もう一つは、トビウオとかを捕るときなんかは、「はえなわ」って言って、タコ糸というか、ナイロンでできた細い糸に、何十センチおきにかぎ針がついていて、それにイカのえさをつけて、ずーーーっと、長い場合には1キロくらい繰り出していくわけね。大体100メートルおきに、浮き代わりにタケザオをつけて、だから旗が海の上にポンポン、と次々立っていく、そういう漁をしているわけ。

 まず印象的だったこと。嵐。大雨洪水雷注意報、一部警報が出ていて、九州地域全域的に大荒れだったんだよ。台風が行った後の大型の低気圧が来てて、すごかったよ。

 水曜から木曜にかけての夜、夜中の3時に船に乗って、翌日の昼に帰ってくるという計画だったんだけど、もうメシ食ってるときにすっげえ大雨になりだしてさ、スタッフの皆で「これは大丈夫、中止だろう」「やったー、うれしいなー」ということになったんだけど。だって大変そうじゃん、夜中の3時までなんて。

 そしたら、スタッフが漁師のおじいちゃんに電話して「今日はもうこれじゃ無理ですよね」と言ったら、「いや、全然大丈夫」とか言ってて(笑)、えー、まさかぁー、って。 それで夜中の2時50分に起きて、バーっと支度して3時頃港に行ったら、大雨なのにちゃんと船が待ってて(笑)、「げー、行くんだ…」と思った。「取材できるんだ」と思ってすごく暗澹たる気持ちになったのは生まれて初めてだったよ(笑)。

 船に乗りました。すごい雨です。風もうねりもすごいです。雷が鳴ってます。ものすごい稲妻が空をピカピカ。僕も、スタッフも酔いました。僕は3〜4回げーげー吐きました。すごい苦しかったー。はっきり言って。

 最初は怖かったよ。揺れるし。

 台風とか、そういうひどい状態になったら(漁を)禁止するんだけど、いわゆる東京で言う大雨とか、やや海が荒れているという程度は、全く問題がない。

 「雷、落ちませんか」って言ったら、「落ちたことないから大丈夫」だって。多分、落ちないかもしれない。というか、海は塩水だから、電気の良導体でしょ。だから海原にバンバン落ちたりすると思うし、こう、うねってるから、船よりも高いところって波の中にいくらでもあるしさ。…というふうに自分で納得したんだけど、でも時々海に雷が落ちてるからさ。

 でも、ブームマイクっていう高い金属の上にマイクつけたやつを持ってる人がいて、「(雷)落ちるのは真っ先にお前だよ」とか皆で言ってて…とてもしゃれになってなかったんだけど(笑)。でもちっちゃな5トン漁船だからね。もし雷落ちたら皆一度に死んじゃうから。ただもう、そういう状況になっちゃうと面白いことに、怖くないんだけどね、あんまり。腹が据わっちゃって、おまけに酔ってげろげろだしさ。

 でね、真っ暗じゃん。真っ暗なんだけど稲光がすごいから、時々見えるんだよ。そうすると、他の漁師さんもいくつか出てるんだね。他の漁師の船も見えたりして。そこでガーッとはえなわを繰り出して巻き上げるっていう。巻き上げるのを「あげなわ」「うちなわ」って言うんだけど、縄を打って、それを上げていくのね。

 シイラとか鮫が、船の周りを回ってて、トビウオのかかった縄を上げたときに途中で食いついて奪い取っていくわけ。別に「怖い」とは思わなかったけど、「ああ、体重100キロ以上あるな」とかさ。平気なんだろうな。

 稲光にバーッとその(漁師さんの)姿が照らし出されるんだけどさ、すごく神々しいというか…格好よかったです。丘(陸)の上で見たときは、ただのデカパンみたいなおじいちゃんなんだよ。あまりにオールマイティの、何だかすごく全能の力を持った人に見えてね。

 普段は、気前がいいという感じかな。何か話を聞くたびに「ハイ、おみやげ」って。全部お魚なんだけど、くれてね。でも、漁師ってみんな、こっちの方が向こうにコスト払ってもらってるのに、皆すぐお魚くれるんだよ。市場を取材してると「ハイ」ってザルごとくれたり。「いや、ちょっと…」とか言うと、何か勘違いして袋に入れてきて、「これなら持って帰れるでしょう」とか(笑)「いや、持てないって意味じゃなくて、困るっていう意味なんだけど…」(笑)、でもしょうがないからホテルに全部もらってホテルにあげてたけど。

 気前がいい、ていう特徴があるよ。そんなとこかな。体格なんかも、全然普通にしか見えない。ただ、色は日焼けして黒いし、シワがやっぱりすごく濃いよね。本当に、50から70までの間の人は、年齢が分からない。70の人も、50の人も、60みたいに見える。それはすごく興味深かったです。年が全然分からないんだね。

 船に乗った印象は、最初はそういう印象でした。でもね、思ったんだけど、一回乗っただけじゃん、一晩。でも、すごくドラマチックだと思っちゃったわけ。当たり前だよね、知らない世界だから。大体その気候もすごいし、そういう中で漁をしているのもすごいしさ。

 だって、そのおじいちゃんはまだ60前なんだけど、同じことを70代のじいちゃんもやってるわけだよ。働く時は大体12時間働くんだけど、夜中の3時から働き通しだよね。ハエナワを打っては巻き上げて、ハエナワを打っては巻き上げて…。忙しいよ。でも、全然平気なんだね。それで終わって、陸に上がってきても全然疲れた様子がなくってさ。こっちはスタッフも含めてへろへろだからさ、「何で大丈夫なんだろう…?」ってことはすごく驚きだった。

 あともう一つその体験でアレだったのは、僕らの乗った船の漁師さんが、不作だったのね。普段の5分の1も揚がらなかったらしくて。それで「何で今日は不作なんですか?」って聞いたらさ、「今日は南風だからなぁ、トビウオは南風を嫌うんだ」って。「あと、雨が降ると、真水が海上にくるから、トビウオはその水を嫌って海に潜るから捕れないんだね、南風と真水が原因だよ」って言っていて、「ああ、そんなもんか」と。

 これは翌日の市場のとき分かったんだけど、他の船が、たくさんトビウオを捕っているんだよ。「あれ?昨日、不作だったんじゃないんですか?」と言ったら、「いや、いつもの場所は不作だったけど、5マイル沖に出たら結構たくさんいて、みんな豊漁だったよ」って言われたのね。

 僕が乗ったのは広若さんという人の船だったんだけど、「広若さんの船は不漁だったんですけど…」と言ったら、「イヤー、それは多分沖に出ないで途中で帰ったからだよ」って。普段だったら12時くらいまでやるのが、10時半くらいに港に帰ったのね。それで「ああ…」と思ったわけだよ。つまり、おれたちが酔ってへろへろになってるから港に返したわけじゃん。「魚が捕れないから港に帰るべ」とか言ってさ。でも実際違ったんだよね、全然。魚は5マイル沖に出たら捕れたわけだし、広若さんは漁業無線でそのこと知ってたわけだよ。皆絶えず連絡取り合っているわけだから。方言で連絡しているから全然何言ってるのか分からないんだけど。

 でも、全然言わないからさ。「酔ったから港に帰ろうか?」とも言わないで、「不漁だから帰るべ」と言って。

 そういうのもすごいなぁ、と思った。何も恩に着せないでしょ。カッコよすぎる、と思った。

 あと面白かったのは、明け方の真っ暗な中に、嵐だったんだけど、陽が出るところだけが、雲がぽかーっと開いて、遠くにスクリーンみたいに四角く、明るい窓が開いたのね。そこに夜明けの光が射して…。それが映画館の向こう側にスクリーンがあるみたいに本当に見えて、「おおーっ!」みたいな感じ。今まで見たことのない光景だからすごくびっくりも、感動もしたんだけど、そういうのも含めてすごいものがいっぱいありました。

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