東京都立大学助教授、宮台真司
【長崎少年事件、捜査手法の問題点】
■今日は、90年代とりわけブッシュ政権以降、ネオコンあるいはネオコン的なものが、な
ぜこれだけ伸長したのかについてお話ししたいと思います。というのも、巷間ネオコンに
ついて語られていることの多くが、実はネオコン自体の説明にはなってはいても、ネオコ
ンが隆盛してきた理由の説明にはなっていないと考えるからです。ネオコンが支持される
世論のベースといいますか、土台について行き届いた議論がなされていない。
■その話をするとっかかりとして、長崎で12歳の少年が容疑者になった事件をめぐる国民
の反応の仕方に、ひとつのヒントを見い出してみたいと思います。長崎の事件については、
性的異常の問題であるとか、あるいは親の責任の問題、メディアの悪影響の問題が取り沙
汰されています。でも、そうしたことは今回の事件の本質とは関係ありません。問題の本
質は、警察の捜査手法です。それをどれだけの方がご存じでいらっしゃるでしょうか。
■実は今回の事件のようなタイプの連続犯罪に対しては、私服警官を張り込ませるやり方
と、制服警官を張り込ませるやり方の、二通りがあります。この二通りのやり方は、相反
することを目的としています。制服警官を張り込ませる場合は、犯罪防止が最優先事項に
なります。制服は目立ちますから、「ああ、警察が張り込んでるな。捜査されているな。
ちょっとマズいな」と、犯人もしばらく犯罪をすることができなくなる。
■これに対して、私服警官を張り込ませる場合には、犯人逮捕が優先になります。現実に
犯罪を起こさせる、少なくとも起こす寸前まで泳がせてから捕まえるわけてず。刑事ドラ
マによくあるパターンですね。
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【予定外の緊急出版とタイトル】
■本書は、昨年(2002年)に上梓した『漂流するメディア政治』(春秋社)に続いて、イ
ンターネット配信のニュース解説番組「まる激トーク・オンデマンド』(http://
http://www.videonews.com/)を、一部抜き出して再編集の上、加筆して活字化したものだ。
■週一回配信するこの動画番組は、国際ジャーナリスト神保哲生氏と社会学者宮台真司の
二人が掛け合い形式で進めるのが基本で、時々ゲストが呼ばれる。まる三年120回ほど続
いている。前著ではそのうち初期の数ヶ月分を「メディア」と「政治」を軸に整理した。
■今回は、今年の四月にアメリカがイラク攻撃を始めたのを受け、この一件が孕む意味を
集中して論じた数回分の番組を抜き出し、緊急出版することにした。6月11日に本のため
の特別対談を行なって構成上の背骨とし、部分的には書下しに近い膨大な加筆を施した。
■タイトルを説明する。ユートピアは理想郷と訳されるが、ヘンリー8世に仕えたトマス・
モア(1478-1535)の手になるu(無)+topos(場所)を組み合せた造語。distopiaは破滅郷
と訳されるが、1950年代の米国SF界で流通したdis(逆)+utopiaからなる造語。
■アメリカ的な理想郷が大半の人々にとって破滅郷になるという意味で、最初Distopia as
American Utopia(アメリカの理想郷という形をとった破滅郷)というタイトルを思いつ
いた。和訳が長くなるので、思い切って『アメリカン・ディストピア』とした。
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8月18日朝日新聞夕刊に掲載された論説です。
■世の中にはベネディクト・アンダーソンを誤読して「国民化の歴史を振り返り、国民幻
想を相対化せよ」などと語る輩がいる。「ボーダーレスな時代だから国民国家にこだわっ
ていては駄目だ」と言う。時代錯誤だ。
■私たちは領域的にも力の大きさ的にも国民国家=ネーションステイトを超える主体を持
たない。私たちが世界を変えようと思ったら、ネーションステイトをハンドリングするし
かない。
■私がかねて「自立した国民として思考停止に陷らず、ステイト(機構としての国家)を
ハンドリングせよ」と呼びかけ、政治家や役人にロビイングしてきた。私はネーション幻
想(幻想共同体としての国家)に身を委ねているか。ありえない話だ。
■愛国心とは何か。国という言葉が誤解の元で日本人はすぐステイトを愛することだと思
う。ここでの国はパトリの訳で、ステイトが守るべきナショナルヘリティジ(国民財産)
の意味。国家が守るべき社会のことだ。
■ゆえに愛国者は、国家が社会を、ステイトがネーションを守らないなら、国家=ステイ
トに文句を言い、操縦せねばならない。現に国家への命令である近代憲法は、国民とナショ
ナルヘリティジを守るよう厳命する。
■国家が守るべき社会とは何?「幻想共同体としての国家」が確固として信じられる国民
国家の黎明期と違い、今日のそれは一定の地理的領域内の「生活の事実性」に拡張される
べきだ。
■社会がボーダレス化したならボーダレス化した社会における「生活の事実性」から国民
が得る利益を守るべく、国家は機能しなければならない。国家がそうした責務を果たすよ
う国民が監視し、操縦する必要がある。
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■連載の第五回です。前回は「秩序とは何か」でした。秩序とは、複雑性が相対的に低い状態でした。複雑性とは、与えられたマクロ状態に含まれる、ミクロ状態の違いによって区別された場合の数です。秩序とは、場合の数が少なくて生起確率の低い状態のことです。
■色だけ違う白玉と黒玉を十個ずつ入れた瓶をシェイクしたとき、遠くから見てグレーに見えるように混ざったマクロ状態と、上に白玉、下に黒玉ばかり集まったマクロ状態では、後者が秩序立っています。そこに含まれる場合の数が少なく、生起確率が低いからです。
■日常語では、進化した生物のように込み入った構造をもつ秩序を複雑だと言います。これは記述に必要な情報量のことで、システム理論では複合性に当たります。複合性の高い(日常語では複雑な)秩序ほど、場合の数が少なくて生起確率が低いので、複雑性は低い。
■社会学は定常システム概念を採用しますが、無限波及的均衡が秩序を構成する均衡システムと違い、定常システムは要素間の交互的条件づけという内部メカニズムの永続的作動で、確率論的にありそうもない状態を維持します。内部的作動による秩序維持と言います。
■定常システムは、内部的作動を永続させることで、システムと環境との間の複雑性の落差──環境よりも複雑性の低い状態──の維持という課題に応えます。内部的作動による境界の維持というダイナミズムに注目するところが、定常システム概念の認識利得でした。
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■社会学の基礎概念を説明する連載も、第四回を迎えました。前回は「システムとは何か」を説明しました。システムとは、一定の環境の下で、複数の要素が互いに他の要素の同一性のための前提を供給しあうところに成立するループ(の網)のことでした。
■こうした概念化によって、環境に開かれることで内部的に閉じたシステム、あるいは、環境に開かれることで上方ならびに下方に開かれたシステム、さらには、システムの全体的作動があって初めて同一性を維持できる部品、といった観念が与えられました。
■この種のシステム概念は、ロボットと違って「一度バラして組み立て直すと元通り動く」ということのない生物有機体を記述する目的で、70年代以降に洗練されました。以前のシステム概念は、太陽系を要素間の均衡として記述するような、質点力学的な枠組でした。
■古い機械論的な枠組を均衡システム理論、新しい有機体論的な枠組を定常システム理論と言います。前者は、初期状態の設定以降は外部とエネルギーや物質の出入りがなくなる孤立系の状態を、フィードバックを通じた無限波及の結果として記述するものでした。
■後者は、対流や流体の渦のように、外部とエネルギーや物質の出入りがある中で相互依存する要素からなる全体の同一性が保たれるような、非孤立系の秩序を記述します。前者を採用する経済学と違って、社会学は後者すなわち定常システム理論を採用するのでした。
■さて、秩序を「無限波及の落ち着き先」という観念と互換的に用いる(ゆえに秩序概念に固有の負荷がない)均衡システム理論と違い、定常システム理論では今まで無定義で使って来た秩序概念自体が問題化します。そこでは統計熱力学的な秩序概念が用いられます。
■前回予告したように、定常システム概念と統計熱力学的な秩序概念を同時に理解して初めて、70年代以降の社会学が、定常システム理論に依拠することの認識利得を、正しく理解することができます。そこで今回は「秩序とは何か」を分かりやすくお話しいたします。
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