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李相日監督『Border Line』映画評

投稿者:charlie
投稿日時:2003-06-10 - 15:17:00
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)
■2000年6月21日、岡山の高3少年は、自分をいじめる野球部の4人をバットで殴って負
傷させた。殺人したと思い込んだ少年は「母親に迷惑をかけたくない」と今度は母親をバッ
トで撲殺。自転車で逃げた彼は16日間で千キロを走り、7月6日秋田県で逮捕された。
■この逃避行をめぐっては、比較的忠実な再現から、事件にモチーフを借りたフィクショ
ンまで、私の知る限り幾つかの映画化の企画が立った。李相日監督『BorderLine』は後者
に当たる(タイトルは「境界線」とも訳せるし、精神医学で言う「境界例」とも訳せる)。
■私自身はこの事件をめぐる別の企画に関わっているが、高3少年の動機づけをめぐって
は主要2つの謎がある。一つは、親子関係がいかなるものだったのかということ。もう一
つは、なぜ北方に千キロも走ったのか、少年はどこに行くつもりだったのかということ。
■李相日監督は、後者については「母を訪ねて」という当たり前の理由を立ててクリアー
の上、もっぱら前者──親子関係──について想像力を集中して映画のドラマツルギーを
組み立てる選択をした(私自身は後者すなわち、なぜ「南」でなく「北」かに集中する)
■李相日監督が選んだのは「親許し」のモチーフ。「親許し」モチーフの映画は、「父許
し」に限定しても、生前の和解ならエットーレ・スコラ監督『Barに灯ともる頃』、死後
の和解ならばクリス・エア監督『スモーク・シグナルズ』などが、すぐに思い出される。
■そのエッセンスは“親の理不尽な振舞いを恨む子が、長じて親と向き合った結果、親に
は親の事情(究極の逆境や壊れた人格)があって選択の余地がなかったと知り、地獄の煩
悶の末に許す”という形を取る。要は「親の心、子知らず」という諺に集約されるのだ。
■この伝統的なモチーフを反復することは、過去の名作と競合関係に入るという困難な道
にチャッレンジすることを意味する。そうしたチャレンジを成功させるには、過去の名作
に互してポイントを稼がなければならない。『BorderLine』はみごとに勝ち抜いてみせた


■李相日監督はマルチスレッド(同時並行的だが互いに無関係な話)という伝統的話法を
採る。第一スレッドは、父を殺した男子高校生(沢木哲)と、彼をはねたタクシー運転手
(村上淳)との絡み。第二スレッドは、娘を置いて家出した中年ヤクザ(光石研)と、自
分の娘の入院費のために集金したショバ代を持逃げした弟分(森下能幸)との絡み。第三
スレッドは、イジメにあう小学生と、夫のリストラに脅える主婦との絡み。第四スレッド
は、父親が失踪してから自暴自棄になり、援交で捕まって退学になった中学生の娘の話。
■全スレッドに親子関係のモチーフが一貫する。第一スレッドと第四スレッドは、親を恨
む「子の心」がモチーフとなり、第二スレッドと第三スレッドでは、子を思う「親の心」
がモチーフとなる、という具合に対称される。
■映画が進むと、第二スレッドのヤクザと第三スレッドの女子中学生とが父娘であること
を第一スレッドの男子高校生が発見し、男子高校生が命を救ってくれた第二スレッドのヤ
クザと同居するという具合に、第一・第二・第四スレッドが統合される。
■この統合は、スレッドをまたがって「親の思いを搬ぶ」カイトが手渡されるエピソード
で寓話的に表現され、次に、スレッドにまたがって登場人物たちを結びつける自転車で、
男子高校生が再会を果たした母親と二人乗りするエピソードでも寓話的に表現される。
■寓話的とは「世界は確かにそうなっている」との納得のことだが、マルチスレッドの機
能はそもそも、人間関係への感情的(右脳的)な没入とは別に、スレッド間の飛び移りに
よって「世界は確かにそうなっている」との理知的(左脳的)反省をもたらす点にある。
■『Border Line』はマルチスレッドという伝統的話法を用いることで、「親の心、子知
らず」を「摂理」──「世界は確かにそうなっている!」──として描き切り、それによっ
て「摂理」への気づきを得た登場人物と観客とを、同時に「親許し」の癒しへと誘うのだ。
■昨今はやりのスタイリッシュな映像だけで世界水準の映画を作ることは、到底できない。
「感情性」(没入)と「寓話性」(離脱)の両立という、日本映画が不得意とする希有な
ワザを成功させた、若き李相日監督の驚くべき才能を、今はひたすら祝福したいと思う。