連載12回:存在論的転回は社会学的構築主義を爆砕。言語論的転回は実は存在しない
連載12回:存在論的転回は社会学的構築主義を爆砕。言語論的転回は実は存在しない
■社会学は「反啓蒙の時代」だった19世紀に始まります。17〜18世紀は「啓蒙の時代」でした。その締め括りがフランス革命。革命後の意外な展開が啓蒙への期待を終わらせたのです。意外な展開とは、ロベスピエールのギロチン政治であり、ナポレオン帝政であり、ナポレオン敗走後の混乱であり、彼の甥ルイ・ナポレオンのボナパルティズムなどです。
■19世紀的な反啓蒙の思考には四種類あります。時代順に紹介すると、①エドモンド・バーク(1729-97)に始まる保守主義、②ミハイル・バクーニン(1814-76)に始まる無政府主義、③カール・マルクス(1818-83)に始まる共産主義(マルクス主義)、④エミール・デュルケム(1858-1917)に始まる社会学主義です。
■①の保守主義は、伝統に固執する伝統主義ではなく、戦間期にカール・マンハイムが述べたように「再帰的(反省的)な伝統主義」と呼ぶべき近代主義です。具体的には、人間の理性の容量を社会の複雑性が越えるので、社会全体の作り直しを企図すれば失敗が必定であり、制度を変えるにせよ様子を見ながら少しずつやるしかない、という漸進主義です。
■②の無政府主義は、無秩序を愛でるものではなく、保守主義に似て、国民国家のような顔の見えない大規模な社会を人間が制御するのは不可能だとします。ただし処方箋は違い、家族よりも大きく国家よりも小さい中間集団──地縁集団・血縁集団・職能集団など──の貼り合わせによって全体を覆うべきだとする「国家を否定する中間集団主義」です。
■③のマルクス主義は、国民国家規模の社会を従来制御できなかったのは確かにせよ、大規模だったからではなく、資本主義(労働と土地を繰り込んだ市場主義)の無政府性──暴走──が理由だとします。処方箋は、私的所有と階級的暴力装置としての国家を否定する共産主義で、過渡期には労働者階級が国家を支配する社会主義を経由するとします。
■④の社会学主義は、19世紀半ばからの共産主義運動の大混乱ゆえに階級支配を主張するマルクス主義を否定する一方、中間集団主義だけでは集団間の相克を、ホッブズが個人間の相克を問題化したのに似て克服できないとし、中間集団である職能集団の自治と、その有機的連帯としての国家を処方箋とします。いわば「国家を肯定する中間集団主義」です。
■因みに今日現実化しているのは、理性の容量限界を踏まえる①保守主義と、補完性の原則(顔が見える範囲でできることは自分たちでやり、それが困難な場合はより大きな範囲の行政を小さいものから順に呼び出す)を踏まえる④社会学主義。先進国には保守主義を否定する政党は珍しくなり、社会学主義は各国の連邦主義や欧州連合として現実化しました。
■③共産主義を目指す体制は1989-91年に崩壊(冷戦終焉)。中国や北朝鮮は社会主義ですらなく、(中国的言い方では)資本主義的ならぬ社会主義的市場体制に移行しました。②の無政府主義の体制は国家として現実化していないものの、国家ベースの「制度による社会変革」を否定し「技術による社会変革」を進める動きとして現実化しつつあります。
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■但し、90年代半ばからのグローバル化とIT化による地域・家族の空洞化を背景に、①保守主義については、保守政党が漸進主義から程遠い排外主義的な制度変更を乱発するポピュリズムに堕しつつあり、②社会学主義についても、中間集団間の連帯が崩れ、有機的連帯を前提とした公正や正義の貫徹が絵空事化しました。一括すると民主政の機能不全です。
■この民主政の機能不全が、現実化したはずの①保守主義と②社会学主義を、暗礁に乗り上げさせたのです。これに呼応して先ず、民主政を前提として公正と正義を追求する社会学が退潮。民主政の基盤の再建を旨とする政治学が再興します。具体的には、完全情報化と分断克服のための、スモールユニットでの熟議やコンセンサス会議などが提唱されます。
■でも、熟議などで完全情報化と分断克服を達成するのに必要な、有能なファシリテーターと最低限の公共精神(市民的な徳)を調達できるユニットが既に多くなく、分断と孤立による不安の埋め合わせを背景とした神経症的な感情的劣化=クズ化(言葉の自動機械化/法の奴隷化/損得マシン化)が加速する状況下で、再政治学化の流れも行き詰まりました。
■呼応して、次に再人類学化の流れが生じて現在に至ります。背景は、民主政の機能不全は一時的な故障ではなく、奇蹟的な条件が重ならないと回らないという認識でしょう。具体的にはトマ・ピケティ的条件。資本主義300年史で20余年だけ成立した、戦後復興と耐久消費財に支えられた「g(生産利益)>r(投資利益)」の不等式による分厚い中流の成立です。
■分厚い中流・が支える人間関係資本・が支える知識社会化が、民主政への信頼をもたらします。世界戦争(第二次大戦)の戦後が可能にした税の高い累進率による平等社会(ウォルター・シャイデル)も追い風でした。二度と訪れない条件です。実際、戦後までは民主政に高いハードルがあるとしたのが、20世紀半ばまでの社会学やその周辺だったのです。
■合理化、即ち、計算可能化・を支える手続主義化・を支える没人格化を問題にしたウェーバー然り。没人格化とはクズ化(言葉の自動機械化/法の奴隷化/損得マシン化)です。不安の埋め合わせに権威すがる神経症的な人々がもたらす全体主義化を問題にしたフロムらフランクフルト学派然り。こうした20世紀半ばまでの社会学は、ドイツが本場でした。
■それが、一連の奇蹟的条件に支えられて民主政が盤石に感じられた戦後になると、なぜ民主政を軸とする近代社会がうまく回るのかを主題化したパーソンズを経て、民主政への信頼を前提とした公正と正義の社会学──エスノメソドロジーやフェミニズムやカルチュラルスタディーズ──が社会学界隈を席巻するようになります。米国社会学の時代です。
■僕は中学時代からフランクフルト学派やウェーバーに親しんでいたのもあり、こうした流れに違和感を抱き続けました。だから、同じ社会システム理論でも民主政を軸とする近代社会の健全さのありそうもなさ(奇蹟性)を論じるルーマンに惹かれました。でも、90年代半ばを過ぎて近代社会の健全さに疑問符が付くようになるとルーマンから離れました。
■新世紀になると、僕は熟議やコンセンサス会議を通じたスモールユニットからの民主政再興を企てるアクティビストになりましたが(2012年「原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求」請求代表人として法定の有権者5%達成し条例案上程など)、2010年代になるとグローバル化とIT化を背景にした感情的劣化=クズ化の速度がそうした再興の速度を凌駕する事実を実感し、再人類学化の流れと「技術による社会変革」を企てる流れにコミットするようになります。
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■連載で述べた通り、再人類学化は(狭義の)存在論的転回です。存在論ontologyとは「世界はそもそもそうなっている」という「社会の外」を見据えた物言い。戦間期に始まったとされる言語論的転回(ローティ)へのアンチテーゼで、実在主義realismと一体です。現実が言語相関的表象だとする構築主義と区別すべく、現実主義とは訳しません。
■因みに、初期ギリシャが見る影もなく没落した時代、存在論に則して生きよという実在主義に抗い、存在論を踏まえた上で敢えて無視して生きる美学aestheticismを推奨したのがストア派で、その影響下で「生存の美学」を推奨したのがミッシェル・フーコーです。日本の論客だと、やはりギリシャ思想史の強い影響を受けた三島由紀夫になります。
■話を戻すと、論理実証主義や言語ゲーム論を参照して言語論的転回があったとする考えは疑問です。論理実証主義は公理演繹的にどんな世界も描けるとしますが、同時代の科学を踏まえれば、自明な公理を否定する非実験的な(今は9割が実験物理学者)一般相対性理論が観測に合う事実や、公理演繹的な世界が未規定だと証明したゲーデル不完全性定理が、これら非常識への転回を後押ししていたのです。
■前回、全ての言語ゲームを支える(ルールならぬ)事実性を重視するウィトゲンシュタインを紹介しました。論理学以前に複数の幾何学や代数が存在したという歴史的事実も重視しています。言語ゲーム論が言語論的転回を踏まえた相関主義だとの主張(メイヤスー)は字面だけ追った誤りです。他方1930年代には後期ハイデガーが「駆り立て論」を展開しています。
■潜在行為を前提とした人間相関的な道具論から、木樵が製材産業が生む木材に徴用され、製材労働者は製紙産業が生む紙に徴用され、製紙労働者は印刷産業が生む印刷物に徴用され、印刷労働者は出版産業が生む出版物に徴用され、出版労働者は読者市場が生む銭に徴用されるとする駆り立て論へ。人が物を使うのでなく、物(を支える技術)が人を使う…。
■世界はそもそもどうなっているかという真のontologyを彼が開きます。我々は物(を支える技術)と無関連に生きられない。加工品はそれをもたらす加工品と人の連鎖(ラトゥール)の通時的蓄積というontologyに支えられ、表象は表象と人の連鎖(スペルベル)の通時的蓄積というontologyに支えられるとする人類学の転回を先取りしていました。
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■自然科学や社会科学を含めた学問の生産性は20世紀前半に異様に高まります。今日の科学がその延長上にある「事実」は否めません。一般相対性理論然り(1915年)。ハイゼンベルク不確定性原理然り(1927年)。ゲーデル不完全性定理然り(1930年)。レヴィストロース親族基本構造論然り(1947年)。チョムスキー生成文法理論然り(1955年)。
■どの理論も例外なく、人間が「得体の知れないもの」によって規定されているという存在論的事実に、目を開かせるものでした。20世紀前半に生じた「得体の知れないもの」の前景化が、論理実証主義であれ言語ゲーム論であれ言語論的転回(とされるもの)の背景にあった事実は明らかです。後期ハイデガーの駆り立て論もそうした流れの中にあります。
■その意味で、言語論的転回とは実は「広義の存在論的転回」なのです。高額な戦時賠償による大不況がもたらした不安の埋め合わせが全体主義をもたらした(全体主義はイデオロギーではなく実は神経症だ)とするフランクフルト学派もそれに含められるかもしれません。戦間期に言語への注目が集まったのは事実ですが、言語論的転回があったのではない。
■90年代からの(狭義の)存在論的転回によって覆されるような言語論的転回など、実はなかった。第二次大戦後の中流時代に社会学者が能天気な構築主義によって忘れ去った戦間期の(広義の)存在論的転回を、能天気さが立ち行かなくなって落ち目になった社会学者を尻目に、人類学者がルネサンスしたものが、(狭義の)存在論的転回なのは明らかです。
■中学時代に宇宙物理学を志し、高校時代に分子生物学(生物物理)を志し、高3で文転して大学・大学院時代を通じて数理言語学・脳機能学・ゲーム理論などに親しんだ僕が、言語論的転回など認めるわけがありません。その僕が最近注目しているのが、「制度による社会変革」ならぬ「技術による社会変革」を企てる加速主義(を含む新反動主義)です。
■僕の考えでは、人間中心主義や社会中心主義の錯覚を爆砕する人類学者による(狭義の)存在論的転回の流れの上に、「技術による社会変革」によって「制度による社会変革」を爆砕する加速主義者もあります。彼らと同様、僕もトランプ大統領誕生を望み、安倍内閣継続も望んできました。しかし加速主義には重大な陥穽があります。次回以降に論じます。
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