MIYADAI.com Blog

MIYADAI.com Blog
12345678910111213141516171819202122232425262728293031

Written

モダンフェイズ・システムズのウェブサイトはこちら

不思議な人形芝居について書いた文章です

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-06-19 - 11:02:55
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)
───────────────────────────────────
劇中劇、あるいは「平常という芝居空間」の部分品として上演される寺山芝居
───────────────────────────────────

■昭和34年生まれの僕は人形劇を見て育った。テレビは人形劇だらけだったし、小学校でも人形劇一座がやって来たり、人形劇を見に遠足したりした。親も人形芝居に連れていってくれた。手遣い人形や指人形で遊ぶのは子供たちの基本だった。
■週日夕方のテレビはNHK人形劇。僕は1959年生れだが、『銀河少年隊』(63~65)『ひょっこりひょうたん島』(64~69)『空中都市008』(69~70)『ねこじゃら市の11人』(70~73)『新八犬伝』(73~75)を欠かさず見た。
■民放でも、ジェリー・アンダーソンとルー・グレイドのコンビによる『海底大戦争スティングレイ』(日本放映64~65)『サンダーバード』(放映66)、『キャプテンスカーレット』(日本放映68)が流れ、テレビの前に釘付けだった。
■民放では、影絵劇から出発した藤城清治の木馬座による『木馬座アワー』(66~70)が流れ、かぶり物のケロヨンが大人気。親にねだって、木馬座の公演に何度か連れて行って貰った。
■影絵劇時代の木馬座は、1952年のNHK試験放送開始から局専属となって名を馳せ、56年には影絵劇『銀河鉄道の夜』が多くの賞を受賞した。これを教育テレビで見た私は、原作を買って貰って賢治ファンになった。
■影絵劇『銀河鉄道の夜』の映像が記憶に残っていたお陰で、長じてブジェチスラフ・ポヤルの人形アニメ『飲み過ぎた一杯』(53)を見た際、あるシーンを見て「木馬座の銀河鉄道みたいだ」と小躍りし、以降チェコ人形アニメのファンになった。
■恋人に逢いに行く途中、立ち寄ったバーでの婚礼の宴に高揚して飲み過ぎた青年が、時間を取り戻すべくバイクを飛ばす。夜闇の中を蒸気機関車が牽引する列車と競争。踏切で列車の直前を横切ると、列車は夜の鉄橋をアーチを描いて渡る。このシーン。
■京都の自宅から山の斜面を昇ると、新幹線の高架橋が見えた。日没後の斜面に座り、夕闇を滑走する車窓の列を見るのが好きだった。木馬座の影絵みたいなことが出来ないかと、ボール紙を繰り抜いて幻灯機の前にかざした。
■当時の京都には戦前の名残があった。学校帰りには山科駅の裏手に出没する紙芝居屋に寄り道した。話は覚えていないが、ウエハーに毒々しい色のジャムが塗られたジャム煎餅を十円で買って、最前列で鑑賞した。
■祇園祭のような大きな祭りがあると、山科盆地から山を超えて京都盆地に連れて行ってもらった。夜の円山公園では、「蛇から生まれた蛇娘、親の因果が子に報い…」の口上も懐かしい出し物を、篝火に囲まれた見せ物小屋で見た。
■こうした成育環境の総体が、子供たちに人形劇リテラシーを与えた。つまり「物語ではない凄いもの」を「人間ではないモノ」が媒介する、という不思議な体験を可能にしていた。子供たちは、人形が乱舞する世界を、話が分からなくても、凄いと感じた。
■江戸糸操人形遣いの結城一糸氏は、人形の凄さを「闇の力」と呼ぶ。僕なりに翻訳すると、〈社会〉に由来するのが「横の力」(例えば物語の力)で、〈世界〉に由来するのが「縦の力」(例えば人形の力)とだ。なぜ人形に力が降りるのか。
■バタイユの影響を受けたリーチは、奇形などのシニフィアンの隙間を、未規定性の噴出口と見做し、「境界の状態」と呼んだ。人形は「境界の状態」を呼び込む。だから社会関係とは独立の「縦の力」を人形が帯びる。

────────────────────────
■2006年7月31日、新宿のプーク人形劇場で平常の芝居『毛皮のマリー』を見た。江戸糸操人形「結城座」の芝居みたいに、ある時は黒子の人形遣いとして、ある時は人形と同格の役者として、それも男役として、女役として、彼は自由自在に立ち現れる。
■人形も、棒遣い人形、手遣い人形、指人形など色々。マネキンもこれら動く人形と同格に「見立て」られる。「見立て」のマジックは物にも及ぶ。コーヒーカップがバスタブに、古新聞がドレスになる。
■汗を噴出させながらこれら「見立て」のマジックをたった一人で立ち上げるべく孤軍奮闘する平常の存在自体が、一分のすきもなく鍛え上げられた肉体もあって、「一体この者は何者なのか」という未規定な「境界の状態」に直面させられる。
■たくさんの人形劇を見てきた僕にとっても、人形遣いが人形と同格の役者にもなるというレベルを超えて、異様な変幻自在ぶりを示す人形遣いの存在自身が、一つの見世物になるという体験は、初めてだった。
■確かに原初的祝祭の隠喩がある。男女が入れ替わり、主従が入れ替わり、物と人が入れ替わり、人と神が入れ替わる。かくして、男が男、女が女、主人が主人、従者が従者、物が物、人が人、神が神であるような「日常」が、ありそうもない奇蹟として現前する。
■だがそれに留まらず、何もかもがフラットになった僕たちのポストモダンな「日常」を、いかようにもありうる秩序の高々一つとして現前させようとして、孤軍奮闘している平常という存在そのものが、何だか、ありそうもない奇蹟として現前してしまうのだ。
■僕は、うまく規定できないものを見たなというフワッとした印象と共に帰路についた。僕にとっての日常と、平常にとっての日常は、どれほど違っているだろうと思いを巡らせた。すると「平常」という奇妙な表記自体が一つのアイロニーだと思えてきた。
■そうした印象のおかげで、あの寺山修司『毛皮のマリー』の世界は、一つの「劇中劇」みたいなものとして、疎隔されて立ち現れたのだった。「平常という芝居空間」の中で、芝居空間の部分品として上演される寺山芝居…。個人化の時代に相応しい隠喩だとも感じる。
■そのことが持つ意味を詳述する紙幅はない。ところで、僕と20歳以上も離れた1981年生まれの彼が、人形リテラシーを獲得する機会が乏しい世代に属するのに、どうしてかくも異形の存在たりうるのかという謎について、僕はいまだに分からないままだ。いつか本人に尋ねてみたい。