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宮台真司・仲正昌樹『日常・共同性・アイロニー』(双風舎)あとがき

投稿者:miyadai
投稿日時:2004-11-25 - 14:16:52
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)
【宣伝文がわり】
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仲正昌樹氏は、佇まいにおいて、私たちを震撼させる
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■仲正昌樹さんと最初にお会いしたのは、戦旗派が主催する集会グランワークショップ「2003 summer 民主主義の名の下に専制支配は世界を滅ぼすブッシュの戦争拡大に抗し民衆が自分たちの歴史や文化を守ろう」(2003年7月27日)の席上だった。
■二度目は、『情況』2004年3月号に概要が掲載されたアソシエ21(現代史研究会)主催のシンポ「アジア主義と北一輝/イラク侵略戦争と抵抗運動の根源を問う」(2003年12月26日)の席上で、私が基調報告、仲正さんがコメンテーターという立場で出会った。
■前者の席上では、当時既に『情況』誌上にブリリアントな論文を次々と執筆し、席上でも評判に違わぬ聡明さを見せた仲正さんは、90年代半ばまで自分が統一教会メンバーだったことを紹介した。例に漏れず、私も、「認知的不協和」に見舞われた。
■「認知的不協和」と言えば、双方のイベントで、左翼の矮小さに対する違和感(というか揶揄)を述懐しておられた仲正さんが、左翼雑誌『情況』にしろ、戦旗派のグランワークショップにしろ、左翼コネクションによって珍重されるのも、不思議だった。
■今回の本に収録されることになった仲正さんとの四回のイベントは、すべて今年に行われたが、昨年見舞われた「認知的不協和」が徐々に解消されるプロセスを辿ったように思う。そのプロセスを紹介することで、本書のあとがきに替えたいと思う。
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■仲正さんが『不自由論』(筑摩新書)で私が教育問題で語った自己決定論のモチーフを批判していたことを、私は知っていた。本書の本文でも展開したように、この批判は的外れだったので、対談企画が持ち込まれたとき、こりゃいい反論機会だと思った。
■そこで『不自由論』をはじめとする仲正さんの著書を読み返した。すると現代思想の現代性、フランクフルト学派の本質、ハナ・アレントの論点の優先順位などに関わる議論は、まさに見事という他ない。ここでまたもや「認知的不協和」に見舞われる。
■彼の諸著作に見られるのは(今回の連続対談イベントで確認できたが)、思想史について語るときは実にブリリアンドなのだが、時事的現象について語るときには実存的バイアスによって偏った議論になりがちという傾向だ。これは必ずしもケナシ言葉ではない。
■『不自由論』は院生や社会人も参加する学部の演習教材として用いたが、「思想書の虫」のような手練れには、オオウケだった。思想史を紹介する手つきのオーセンティシティ(本格ぶり)と、つなぎの文章の暴走ぶりのアンバランスが、実にツボに嵌るのだ。
■そういう次第で、手練れ連中には、瞬く間に彼の著作が全て読まれてしまう。彼らとの間で、このアンバランス(が我々に享受可能であること)の意味は何なのだろうと、繰返し話題になった。まさしく、仲正さんを理解するキーワードは「認知的不協和」なのだ。


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■仲正さんがご自分でも仰っていることなので、ここでも敢えて言うなら、仲正さんは人付き合いが苦手だ。仲正さんとの四回のイベントで、最初の一回は全く視線を合わせられなかった。私だけなのかと思って他の人に尋ねても、たいていはそのように言う。
■それが、二回目のイベントでは一秒弱ほど目があったと思える瞬間が数回あり、お会いする回数が重なるにつれて秒数が増えていったように思う。イベント後の飲み会でも、谷川社長のギャグもあって(!)、仲正さんは次第に打ち解けてきた。
■その過程で幾つか気付いたことがあった。第一に、仲正さんは共感や共同性を前提にしたコミュニケーションが苦手のようだということだ。例えば、宮台の自己決定論は共同体主義だというたぐいの物言いにも、それが反映しているのではないかと思う。
■因みに、仲正さんが批判の対象にした私の議論は、『学校が自由になる日』(藤井誠二・内藤朝雄との共著)に見られるような、思想史というよりも現状分析に関わる。ゆえに、先ほどの「定理」通り(!)、仲正さんの実存的バイアスがかかってしまうのだ。
■むろん私は「リベラリストは共同性を前提にすべし」という議論を展開したことはない。完全に逆だ。「リベラリズムは常に既に暗黙の共同性を前提にする以上、その前提が与える暗黙の境界設定に敏感になった上、境界をズラす実践をせよ」という主張だ。
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■気付いたことの第二は、仲正さんは、人付き合いが苦手な人に多く見られる卑屈さが、通常のような形では存在しないことだ。これは「認知的不協和」を与えるが、そのことは例えば、谷川社長が下ネタまわりの話をふったときの反応に現れる。
■知ったかぶりして周囲にイタイ思いをさせたり、趣味的な反応をして周囲を唖然とさせたり、不快な表情をして座を白けさせたりすることが、仲正さんには皆無で、「僕は女とつきあったことがないので」「僕には女は分からないので」と平気で答えるのである。
■その調子はあたかも「僕はカンガルーを見たことがないので」と全く同じだ。このことを周辺の者たちと話題にしたとき、ある者がこう言った。「仲正さんは、人間と他の生き物を平等に見る眼差しなんだよ」と。言い得て妙だ、と感じた。
■一口で言えば仲正さんは、多くの人間が暗黙に前提とする共同性を、論理において疑う人というよりは、そもそも実践において生きない人なのだ。そのことが、例えば「宮台は共同体主義者だ」という認識をもたらすことにも、貢献していると感じる。
■仲正さん本人にとって「暗黙の共同性を実践において生きてしまいつつ論理においてそれを中和しようとする」私のような志向は意味がない。なぜなら、論理によって中和すべき暗黙の境界設定の内側に、仲正さんはいないからだ。だから私が「向こう側」に見える。
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■第三に気付いたことは、仲正さんは、人付き合いが苦手な人に多く見られるノリの悪さがまったくないことだ。これも「認知的不協和」だが、そのことは、例によって谷川社長が酒の席で「お二人はどんな時間が一番幸せですか」と尋ねたときの反応に現れる。
■私が「目も眩む変態的エッチをしているときですね」などとフザケて答え、谷川社長が「ガハハ、俺もですよ!」と煽る中、仲正さんは「難しい文章を書いていて、ふとテレビを見るとワイドショーがくだらないネタをやっているときですね」などと答えるのだ。
■そこで谷川社長がそっち方面に話をふると、ワイドショーネタ、アイドルネタ、アナウンサーネタなど、出るわ出るわのオンパレード。「人付き合いが苦手な代わりに、高尚な思想史に造詣の深い」というタイプにあるまじき俗物ぶり。普段はどんな生活か(笑)。
■このノリのよさが本書にも随所に反映していよう。そしてここからが大切だが、「(1)世知とズレた、(2)認知的不協和な、(3)ノリのよさ」という仲正さんの佇まいというか実践的構え(書いたものにさえ現れる)そのものが、「表出的表現」になっていることだ。
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■本書にも述べた通り、初期ギリシア時代以来の二千五百余年の思想史を見ると、大きく「内発性ベースの思考」と「不安ベースの思考」とに区分できる。ペルシア戦争以降、賢人ペリクレスが活躍したアテネ全盛期の思想が「内発性ベースの思想」。
■ところが、アテネがペロポネソス戦争に負けて以降、「不安ベースの思考」に転態する。プラトンはイデア、アリストテレスは因果性という対極的な思考中心を持ち出しつつ、しかし両者は、イデアや因果性に逆らった場合の「負の帰結」に照準じはじめるのだ。
■読者に周知の範囲では、古代ギリシア文献学者だったニーチェが、こうした初期ギリシアの「内発性ベースの思考」に立ち戻る形で、(プラトン的に理解された)キリスト教によって汚染された「不安ベースの思考」をぶった切っている。
■しかしニーチェよりも百年以上前の英国思想には、「不安ベースの思考」によって強権振るい放題の国教会に、デイビッド・ヒューム→アダム・スミス&エドワード・ギボン→J・S・ミルが「内発性ベースの思考」を以て対抗していることを、本文で述べた。
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■ここでつけ加えれば、国教会に迫害された清教徒が立国したアメリカは、勝とも劣らぬ「不安ベースの思考」に支配されてきた。『1492年のマリア』を著した西垣通氏によれば、迫害されたユダヤ人らによる新大陸発見にまで「不安ベースの思考」は遡れる。
■因みにマックス・ウェーバーを持ち出すまでもなく、古代ユダヤ教のヘブライズムこそ、まさしく預言者の告げ知らせに象徴される「不安ベースの思考」の権化。キリスト教は、不安のよって来る所以を転化しただけで、この基本軸は変わらない。
■アメリカは以降、過剰流動性を背景にした強度の不安と、これに対処する強度の宗教的帰依によって、ホメオスタシスを維持する。逆境が宗教的帰依を強化するという循環が、今も回る。だから理念型的アメリカ人は、過剰流動性にもかかわらず、主体を維持しうる。
■逆境と宗教的帰依との循環が帰結する不安ベースの主体性を、その他の国々の人たちは持たない。過剰流動性に晒されれば、主体もまた流れの中に解体する。だから欧州の思想は、過剰流動的なシステムから非流動的な生活世界を護持せんとする思想を反復するのだ。
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■仲正さんが繰り返し著書で言及するハナ・アレントもまた、近代の社会概念や公共観念が(奴隷制の否定ゆえに)政治的なものから経済的なものへと転態し、それゆえに「不安ベース」となって、古き良き「内発性ベース」の公共性をスポイルすることを批判した。
■しかし、まあ、言葉では何とでも言えるのだ。間もなく別著で示すとおり、不安ベースならざる内発性(私は「魂」と呼ぶ)を、言葉によってでなく実践において──ゆえに表現ではなく表出において──示さんとするのが、右翼思想の本義に他ならない。
■表現はメッセージが伝われば成功だ。表出はエネルギーが発露されれば成功だ。荒野の叫びは、成功した表出であり得ても、表現たり得ない。だが、叫びが叫びを呼び、気付けば周囲が叫びで満ち満ちていることもあり得る。これを「表出の連鎖」と言う。
■鈴木邦男氏の三十年前の著作に示されてあるように、こうした「表出の連鎖」を可能する前提に連なろうとするのが、右翼思想の本義だ。別の言葉で言えば、「内発性ベースの思考」を、究極、実践において──表出において──示さんとするのが、右翼なのだ。
■だから「自己決定は伝統や共同性を破壊するから良くない」などとホザく輩は、右翼の風上にも置けないヘタレだ。真の右翼はこう言う。「自己決定せよ、しからばその振舞いに伝統や共同性が否応なく刻印されよう」と。まさにアレント『エルサレムのアイヒマン』だ。
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■その意味で仲正さんがアレントを評価するのは当然だが、単に言葉だけでなく、「(1)世知とズレた、(2)認知的不協和な、(3)ノリのよさ」を、絶えず佇まいにおいて示される仲正さんの存在自体が、表出を表現によって汚された私たちに対する、まさしく福音なのだ。
■因みに、仲正さんほどノリの良くない私は(!)、ブルセラ女子高生や援助交際女子高生を世に知らしめるべく奮闘した。仲正さんの誤解と違って、「大きな物語に敗北した左翼が、小さな物語へと追いやられて、またぞろ疎外論を反復する」のとは、違う。
■西部邁氏との論争などで繰返し示したように、私は「この人を見よ!」とブルセラ女子高生を指し示し、彼女らの中に、彼女らを批判する私たち自身と同じ基底を見出して貰わんとした。彼女たちの恥ずかしさは、私たち自身の愛すべき恥ずかしさと同じだと考えた。
■だから私は批判しつつも「恥ずかしい日本が大好きだ」と繰り返し述べてきた。「これが伝統だ、伝統に従え!」「ブルセラっ子が伝統を破壊する!」などとホザく西部邁氏に、「それは単なるあなたの思い出だ、私は彼女たちにこそ伝統を見出す」と反論してきた。
■だからこそ、女帝論を唱え、男女平等を唱え、制服廃止を唱え、天皇をテンチャンと呼びつつ「国民の天皇」論を唱えた北一輝を肯定的に論じ、徴兵の義務化や愛国の義務化に徹底して反対しようとした三島由紀夫の天皇主義を、半ば以上肯定的に論じてきたのだ。
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■私には、なぜ左翼の人たちが仲正さんの周囲に集うのかが、分かる気持ちがする。表現においてとりわけ時事的問題を論じる場合などに実存的バイアスを含めた不完全さが見られるかわりに、表出において──実践的行為態度において──一貫しているからだ。
■日本では残念ながら、表現において──言葉としての思想において──一貫しようとする者たちは、なぜか右往左往してしまう。当人たちが馬鹿なこともあるが、日本全体で「不安ベースの思考」の年期が浅いからだとも言える。だから日本では所詮左翼は無理なのだ。
■仲正さんの行為態度に見出されるのは、こうしたものとは正反対だ。彼が自分で「自分は宮台さんと違って大きな話はしない」と語るのが象徴的だが、「大きな話を一貫させよう」とはしない。むしろ小さな話を扱う際の、実践的行為態度が自然と一貫するのだ。
■そんな仲正さんは、「大きな、間違った話」をしてきた左翼に、私のように「大きな、正しい話」をぶつけようとはしない(むろん「正しい」というのはネタだ。詳細は『21世紀の現実』ミネルヴァ書房あとがきを見よ)。だから、受け入れ易いのではないか。
■しかし、仲正さんを見くびるなら、左翼──正確に言えば自称サヨク──の連中は、姑息で自己防衛的な「不安ベースの思考」を瞬時に見抜いて批判を浴びせる仲正昌樹さんによって、基礎を徹底的に堀り崩されるだろう。実は私はそのことを切に望んでいる!