仲正昌樹さん、安藤礼二さん、コメントいただきありがとうございます。実は、まるで同感です(笑)。姜尚中さんとのトークイベントの際も申し上げたんですが、多くの方は、過去の思想家、思想書を取り出してきて、何が欠けているかを論じます。私はそうじゃなくて、何があったかをいつも論じたい。凡庸な人間でも、後知恵であれば、何でも言えるんですよ。何でも言えることの大半は受け売り(笑)。北一輝には限界があるに決まってる。私がベタに北一輝を誉める訳もありません。
まず、仲正さんのおっしゃった問題から簡単に申し上げると、相手から自分がどう見えているのかを感得することを「役割取得」、社会学では「視界の相互性」の確保とも言うんですが、この「視界の相互性」を前提して行動出来る場合もあれば、「視界の相互性」のなさゆえに、敵対するしかないという場合もあります。
私自身は、東北アジアにおける「視界の相互性」は、本来あるべきはずのものが、特に我々の側の理由によって失われたのだと考えます。廣松渉さんが晩年に亜細亜主義を持ち出され、東亜新体制論を展開された背景には、幾つものポイントがあったにせよ、少なくとも一つには、我々の側の忘却癖ゆえに「視界の相互性」が失われていくことへの危惧があっただろうと推測します。
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