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■今回は、成熟社会化に伴って脱学校化がなぜ生じたのかを分析しながら、三年ほど前から大阪を発信源として話題が拡がった学級崩壊や、ここ十年ほど大学教員の間で話題になりつつ最近マスコミにも取り上げられる大学生の学力低下の背景を分析したい。 ■性の低年齢化と同じく、学級崩壊(学級担任制の小学校における授業崩壊)も、子どもの変化が原因であると語られ、その変化は「親のしつけ力」の低下によってもたらされたと論じる見方が一般的だ。だが社会学の常識から言うと間違っている。。 ■七〇年代に社会科学者に常識化した知識によれば、小さな子どもが何時間も机の前に座って大人の話に耳を傾けること、すなわち学級が成り立つこと自体が、極めて異常なことだ。この異常さは近代過渡期の特殊な条件に支えられていた。 ■第一に、近代学校教育は欧米で二百年、日本で百年の歴史しかないが、それ以前はどの社会でも「通過儀礼」を通じて子どもは大人になった。十代前半の若者が、一週間から一ヶ月間ほど日常から隔離されて揉まれ、再び日常に戻った時には大人になっていたのだ。 ■これが十年近くも続く義務教育課程に置き換えられた。置き換えが必要だったのは、近代では古い共同体と違い、大人といっても単純工・熟練工・事務職・営業職・研究職と極めて多様な職掌があるので、人材の選別と動機づけにコストがかかるようになったからだ。 ■第二に、近代学校教育では二つのモデルが採用された。軍隊と監獄である。軍隊は戦いに勝つために、監獄は社会的更正を促すために、それぞれ固有の身体規律化の方法をもつ。 ■学校の準備体操では整列!気を付け!前へ倣え!休め!とやるが、準備体操にとって何の必要もない。では何のためか。号令一下規律正しく集合的に行動する習慣を覚えるためだ。体育実技の九割以上は軍事教練ルーツだ。戦時下でもないのに何が目的だったのか。 ■一九世紀にベンサムが「管理者側が監視コストをかけなくても、囚人たちがいつ見られているか分からないとビシッとするシステム」を考案したが、教室の空間構成から日本でも古い歴史を持つ内申書まで、その応用だ。子供は囚人ではない。何が目的だったのか。 ■答えは、都市労働者、すなわち工場労働者とサラリーマンを養成するため。雨が降ろうが槍が降ろうが時間通り出社。規律に従った集団行動により良質で安価な製品を大量に生産し、正確な事務労働をしてもらう。そのための規格化された身体を生み出すのが目的だ。 ■たとえ近代が「必要」としたとはいえ、こうした異常なシステムは不安定で危険だ。この危険を吸収したのが近代過渡期の「輝き」だった。頑張れば報われる。自分も家族も会社も国家も豊かになる。立身出世すれば誰もが誉めてくれる。だから苦しくても…。 ■だが七〇年代に先進各国は近代成熟期を迎える。耐久消費財が一巡して物の豊かさが達成された後、何が幸いなのか良きことなのかが人それぞれに分化し、消費動機(付加価値!)も宗教動機も(新新宗教!)犯罪動機も(動機なき殺人!)不透明化する。 ■国民的目標は消え、学校教育の無理を吸収していた「輝き」は消える。工場の自動化・事務のコンピュータ化で、求められる人材の質も変わる。他の先進国では七〇年代以降成熟社会化に対応した教育改革(個人カリキュラム化)がなされたが、日本だけは違った。 ■物の豊かさという目標の消滅は、一九五〇年代後半からやっと一般化した「パパ・ママ・ボク」の核家族をも危機に晒す。良きことの自明性を失って空洞化した家族は「子どもをいい学校に入れさえすれば」という具合に、家族の空洞化を学校幻想で埋め合わせた。 ■具体的には、七五年以降、家庭の教育費や小中学生の塾通いが驚くほどの勢いで増え、家や地域が「学校のでみせ」に過ぎなくなった。劣等生(優等生)はどこに行っても劣等生(優等生)としてしか見てもらえないという深刻な「尊厳のリソース不足」が生じる。 ■他の先進国では成熟社会化に合わせた教育改革が進んだのに、未曾有の経済好況にあった日本は学校が一切変わらないばかりか、逆に全空間が学校的価値に一元化する学校化が進行。居場所なき若者たちは80年代以降、家・学校・地域ではない第四空間に離脱した。 ■第四空間(ストリート・仮想現実・匿名メディア)に居場所を定めた子は、学校や家や地域を単にやりすごすだけなので、大人から見通せなくなる。同時に、第四空間を持たずに学校や家で「良い子」であり続けようとする子は動機づけを失い、どんどんキツくなる。 ■結論。学級崩壊は、成熟社会化に適応した子らが、成熟社会化にもかかわらず変わろうとしない学級王国に対して示す健全な反応だ。大学生の学力低下は、成熟社会化に伴う不透明化によって知識の血肉化を支える動機づけを奪われた「良い子」の末路である。小手先の対応は問題を覆い隠すだけだ。成熟社会化に見合った抜本的な教育改革しかなかろう。(了) 1999年9月5日(日)朝刊一面・論壇 |