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■二年ほど前まではコギャル系と呼ばれ、今ではギャル系と呼ばれるストリート系の女子高生たちを最近ふたたび調査している。少年事件問題、教育問題、児童ポルノ法案問題、盗聴法問題などでロビー活動や執筆活動に忙しかったので、実は久しぶりのことである。 ■今回の取材の目的は、最近の女子高生売春に生じた激烈な変化について私が立てた仮説を検証すること。とりわけ、ストリート系の若い人たちに「自意識」の位置づけをめぐる変化が生じていることを確かめ、その実態を探ることを目的としている。 ■調査の結果、少なくとも首都圏近辺では、ストリート系の少女たちは売買春からほぼ撤退していることが分かってきた。地域や学校を変えて取材しても、同じことが確かめられる。たとえば高一時代には一カ月十万円をコンスタントに稼いでいた高三女子はこういう。 ■《あの頃はクラス(の女子)の半分は売春してた。その子たちとかも『あれは何だったんだろうね』みたいに言ってる。とにかくお金が必要だったんだけど、なんでそんなに必要だったのかにく分かんない。なんか熱病みたいな感じだった(笑)》。 ■今売春してるのはどんな子たちなのか尋ねてみると、どの子も例外なく《髪が黒くて顏が白い学級委員長タイプだよね》と、まったく同じ答えを返す。その子たちはなぜ売春していると思うかを尋ねると、何人かのギャルは《寂しいんじゃないかな》と答えてくれた。 ■別の場所で繰り替えし書いたように、コギャルの非売春化には二つの背景がある。一つは「ストリートからお部屋へ」という変化。もう一つは、売春動機が自意識の問題にあることがバレて、売春していると痛くもないハラを探られて「イケてない」と思われること。 ■かつて社交的な子はストリートで遊んだものだが、今は友達の部屋に食べ物やゲームを持ち込んでまったり過ごす。私は「お部屋族」と呼ぶが、社交能力がないので部屋でメディアに耽溺するオタク連中とは対照的に、全員がストリートで遊んだ経験を持っている。 ■コギャルからギャルへの変化は、ストリートからお部屋への変化である。衣装代・クラブ代・タクシー代・カラオケ代がかからなくなり、社交費用稼ぎに売春する必要がなくなった。こうした「お部屋族化」の背景には、さらに一部では知られた二つの背景がある。 ■一つは、各種調査が示すように、彼女たちのカラオケ代・クラブ代はそっくりPHS・携帯電話代に置き換わったが、要は携帯情報ツールの普及と発達(記号から音声へ)によって、かつて必要だった「家・学校・地域と区別された社交空間」が不要になったのだ。 ■いわば、家にいながらにして魂を第四空間(家でも学校でも地域でもない空間)に離脱させる。物理的空間としてのカラオケボックスやクラブはいらなくなった。親が「お友達の家なら」と門限に厳しくなくなり、夜中であれお友達出入り自由になったことも大きい。 ■そしてもう一つ、ストリートでガンガンと自傷的なまでに遊ぶことが学校的自意識の滅却のために必要だったのが、その必要が消えた。売春が頂点だった96年頃に「援助交際応援歌」とも呼ばれた安室奈美恵・華原朋美など一連の小室ソングが当時の雰囲気を伝える。 ■皮肉なことに、当時学校や家に居場所がなく苦しかったストリートの子たちは楽になって売春から離脱し、逆に学校や家に居場所があるはずの学級委員長タイプの子たちが、自意識のバランスをとるために密かに売春する…。こうした図式が顕著になりつつあるのだ。 ■現実に無知な保守論客が「親が叱れ」「物欲主義が問題だ」などとホザくのに対し、売春は学校化(家や地域が学校的価値に一元化)による居場所や尊厳リソースの不足が背景だと述べてきた私の分析が、百パーセント実証された形だ。しかし喜んではいられない。 ■ギャル系が売春から離脱した第二の理由は「自意識の問題を抱えるように見えてカッコ悪い」からだと述べたが、ストリートの子がメンタルな第四空間化を完了し「自傷」から離脱したのが大きい。だが学校化された空間から離脱できない脆弱ないい子はどうする? ■異者と思われるのを怖がる若者たちが自意識のダイレクトな表出を抑制し、永久にノリと戲れることは前回の文章で述べた。ところが最近では自意識の問題があることを間接的に悟られることすら厳しい自己チェックの対象になり、一部の若者は追いつめられている。 ■『音楽誌が書かないJポップ批評』(宝島社)で詳しく述べたように、サブカルチャー全般で「自意識的なもの」(本当の私)が凋落、「タフネス」(揺るぎない自信)が上昇中だ。実際タフな若者も増えつつあるが、メディア上のタフネスブームはむしろ、最近の売春事情と同じく、脆弱な自意識を抱えた「いい子」がいかに多いかを表しているだろう。(了) 1999年7月4日(日)朝刊一面・論壇 |