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■児童買春・児童ポルノ禁止法案が国会で成立見通しだ。旧与党三党プロジェクトチームが一昨年以来検討を重ね、昨年九月に法務委員会に上程された法案について、超党派の修正協議がまとまった結果だ。歓迎したいが、途中我が国の民度の低さが浮き彫りになった。 ■一昨年の法案作成段階で各党の原案を入手した私は、看過できない錯誤が含まれていると感じ、藤井誠二氏らの仲間と一緒に、法案作成に関わる議員に法案を修正してもらうロビー活動を繰り返してきた。議員会館でシンポジウムも開いた。 ■その結果修正案には私たちが主張していた「最低限譲れない四点」が全て盛り込まれた。各党原案や上程案の段階では反対だったが、修正案に賛成の立場を表明するのはそうした次第だ。では私たちは何を理由に、どんな四点を主張したか。 ■八九年に国連総会で「子供の権利条約」が採択されたのを機に、各国で国外の子供買春・子供ポルノ販売等を処罰する法整備が進む。ところが日本だけ取り組みが遅れ、九六年のストックホルム会議で非難が集中した。法案作成はこれがきっかけだ。 ■ところが、そもそも東南アジアで大挙して第二次性徴前の少女を買いあさる男の大半が日本人であることや、第二次性徴前の少女を被写体とした子供ポルノの最大の量産国が日本であることに対処する法案形成に、途中から雑音が入ってくる。 ■九五年以降の女子中高生らの援助交際ブームを背景に、九五年秋以降各自治体でテレクラ規制条例が成立、東京都でも九七年に買春条例が成立するが、こうした流れの延長線上に援助交際禁止法案としての性格を強めるのだ。これに対抗するため、四点を主張した。 ■1、法律の文面から「健全育成」の文言を外す。2、児童ポルノに「絵」(マンガやアニメ)を含めない。3、単純所持規制を外す。4、各自治体に存在する淫行規程を効力停止とする。4について若干曖昧な部分も残るが、修正案には一応残らず盛り込まれた。 ■私たちの趣旨は、法律目的を他の先進国同様に人権侵害抑止だけに絞り、善良な秩序を願う道徳的目的を一掃することに尽きる。1、文面から「健全育成」を取り除かせたり、2、人権を侵害される被写体のいない「絵」を除外させるのは、そうした観点に基づく。 ■性に限らず法的規制措置の保護法益には二種類の考え方がある。一つは社会的法益(秩序の利益)を優先する考え方。もう一つは個人的法益(人権の利益)を優先する考え方。日本を除く先進各国では、前者から後者に移行してきた。 ■その結果、従来混合されがちな1、成人の売買春の善し悪し2、青少年のセックスの善し悪し3、青少年の売買春の善し悪し4、性虐待の善し悪しが、区別されるようになった。なおここで青少年とは第二次性徴以降、法的な成人前の存在を指す。 ■第二次性徴前の子供相手の性行為や人身売買じゃ4、性虐待にあたるので日本よりもはるかに重罰化される一方、誰の人権も侵害しない1、成人売買春は七〇年代以降合法化される方向となった。個人的法益保護の立場からする論理的帰結だ。 ■同じ理由で2、青少年がセックスをしていい年齢も引き下げられつつある。子供の権利条約に唱われるように彼らにも自己決定権(自由の権利)があることが合意されたからだ。だが3、青少年の売買春についてはそれとは別に規制する方向だ。なぜか。 ■道徳主義者が考えるように1、売買春や2、青少年のセックスがいけないからではない。青少年期が自己決定能力を身につける見習い期間だからだ。交渉力や問題解決能力が不十分な子を過剰な危険から守り、過剰な金銭的誘因で性的試行錯誤を邪魔しないようにする。 ■こうした考えには二つの背景がある。一つは成熟社会化による社会の不透明化。何が幸いなのか良きことなのかが各人各様になる成熟社会では、道徳的な秩序観を前提とした警察・司法権力の作動は許されない。他人を侵害しなければ何をしてもいいのが法的原則だ。 ■もう一つは、子供や精神障害者を含め、自己決定能力が小さいから自由がないという思想を否定する人権理念の存在だ。自由に自己決定してもらうのに必要な最低限の尊厳が守られるよう、つまり自由のために最低限の規制を行う。青少年売買春の規制はこれだ。 ■逆に言えば、我が国には、成熟社会にふさわしいリベラルな公共観が欠如し、近代国家にふさわしい人権理念が欠如している。だから警察・司法権力に過剰な自由を与える3、単純所持規制を外し、4、各自治体に存在する淫行規程を即刻停止してもらう他ないのだ。 1999年4月4日(日)朝刊一面・論壇 |