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【東條(司会役)】先ほどの向井さんのお話を聞きまして非常に感動しました。はじめて向井さんのビデオを観たのが中学2、3年だったんですけど、それで『あっ、すっげー体いいじゃん。』とかそういう感動‥‥なんというか肉体美みたいなものとか勇敢な男らしさに自分は惚れちゃいまして、それで先ほどのAV男優時代‥‥いまもやってらっしゃるわけですが、いまのAV界における向井さんの歴史のようなものを聞いて、本当に感動しまして、『この人からは離れられない。』というのが個人的な感想となっています。 先ほどの話を聞きまして、自分がもっと聞きたいなと思ったことがいくつかあったのでうかがいたいと思います。 先程愛とセックスはどう違うのかよく分からないとおっしゃられてたのですが、セックスと言うのはいいセックスと悪いセックスとあると思うんですよ。どうすればいいセックスをゲットできるんでしょうか? あとどうすれば悪いセックスにならないようにできるのか?じゃあ悪いセックスっていうのは結局どういうものなのか?と。男と女の違いと言いますか、そういった側面でちょっとお願いしたいんですけど。 あと、オーガズムというのがありますね、男の人と女の人とでは感じる瞬間が10秒くらい違うというのを、どこかのわけの分からない雑誌で読んだことがあるんですけど。オーガズムをぴったしカンカンにあわせるにはどうすればいいかというのを聞きたいです。 あと、人間って結局SかMかどっちかじゃないですか。なぜ人間はSMを求めてしまうのかというのもちょっと聞きたいなと思います。 とりあえずそんな感じでよろしくお願いします。 |
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【宮台】宮台真司と申します。一応社会学者をやっております。向井さんはデビューされて10年以上たっていらっしゃるわけですが、向井さんのAVはデビューされてからずっと観ています。ぼくは80年代半ばごろからずっとAVをみてきていて、かなりAVはくわしいんですよ。今でも観ています。以前とはちがって、レンタルではなく今はセルが中心になってきていて、いわゆるインディペンデント系の作品も大分増えてきてます。向井さんのおっしゃったような非常にシステム化された部分も一方にありながら、非常にいい加減な業社も一部で出てきているという、最近の状況もわかっているんですが。 ぼくは向井さんに対しては単に雄としてのコンプレックスを抱きますね。ぼくも、一般市民としては相当数が多いほうで、200人台半ばくらい経験があるんですよ。それが理由でキリスト教団体やら右翼やらから、なんでこんなやつが教員やってるんだという抗議を受けているわけですが、これからそういった抗議があったときは、『ぼくの20倍の人もいる』と申し上げて切り抜けようと思っています(笑) 今日も向井さんのお話を聞いて一番印象的だったのはですね、百戦錬磨を切り抜けてきた、そういった困難さを切り抜けてきた方ではないとかもし出せないような寛容さ。ある種の自由さとともに寛容さを感じる。と同ときにそういった百戦錬磨を切り抜けてきてしまった人ゆえにつきあたってしまう困難といいますか、迷い。そういうものも表れていたように思うのです。最初に2、3分向井さんがよく分からないとおっしゃっていたことに関してぼくなりにどう迷っているのかということをお話したいと思います。 実は向井さんは代々木忠さんのAVによく出演されていて、有名な監督さんなので説明はしませんけど、その代々木さんの助監督を最初やってた石岡正人さんというAV監督がいらっしゃって、その方が最近『ペイン/PAIN』という映画をつくられたんですよ。これはもうすぐ公開になりますが、AV界、そしてAVに関わるスカウトマンの世界を描いた作品です。この映画は、ある意味、向井さんのおっしゃった迷いの部分をうまく描いている作品です。 田舎から出てきたイモな男の子とイモな女の子からなる、ひと組のカップルがいるわけです。イモな男の子は、AVのスカウトマンの世界に入ってどんどんどんどんテクニックを磨いて、一流のスカウトマンになっていく。そうなっていく過程で、見本となる一流のスカウトマンがいるんですね。その彼にどんどん近付いていって、ある種のベテランになっていって、イモさもどんどん抜けていく。ナンパもうまくなるし、スカウトもどんどん成功していく。セックスもどんどんうまくなっていくんです。一方でイモな女の子がいる。その子はかわいいんだけど、足が不自由なので、そのコンプレックスのせいか男の子みたいに街にはとけ込めない。その女の子が、街でパー券売って、援交やって、やっぱり何百人という男とつき合ってきている中学生の女の子と知り合うんです。 面白いことに、イモな男の子が、イモじゃない、都会的な男の子にひかれていく様子が描かれているのに対して、逆にイモな女の子の方は、イノセントなまま変わらないで、百戦錬磨のギャルのほうが彼女に触れることで、迷って迷って、そちらの方に引き戻される様子が描かれている。 見ていただければわかると思うんだけど、それはつまり、街の中でベテランになる──たとえばセックスのベテランになる、ナンパのベテランになる、勧誘のベテランになる──そういったことが可能にすることもたくさんあるけれど、それによって何か失っているのかもしれない、という感覚を実にうまく描いているんですね。石岡監督はその感覚をペインと呼んでいます。ぼくは、それに関して、非常に身につまされるものがありました。ぼくは、90年代に、援交している子や、風俗で働いている子たちを、何百人と取材したんです。あくまで取材ですよ、巷にはおかしな噂もあるようですが(笑)ぼくはそういった子たちとはセックスはしていないです。さて、取材してきて感じることの中には『ペイン/PAIN』が与える感覚と似たようなものがありました。 ちょっと似たような話なんですけど、この間、伏見憲明に久しぶりに会ったんですよ。知ってますよね、伏見憲明っていうおかま界のスポークスマンみたいな人がいるんですけど、ベシャリがうまくて、おかま界でもナンパ上手として知られているという(笑)彼と久しぶりに会って、最初にいきなりこう突っ込まれたんですよ。前回ぼくと話したときに、別れた後胸が痛くなったと。どうしてかっていうと、「宮台さんは、とても話が上手だし、話している間物すごく楽しかった。でも話し終わった後に宮台さんはぼくじゃなくて、ぼくみたいな人と話したんだなと思ったんですよ。ぼくみたいな人に話すときにこうすればこの人は喜ぶんだなというのをよくわかっているので、それを実行された。だからとても楽しかったんだけど、別れた後に、宮台さんはぼくじゃなくてもぼくみたいな人でも同じように楽しませたんだろうなと思って切なくなりました」と。伏見憲明というのはある種のナンパ師ですから、自分も考えてみれば宮台と同じなのかもしれないなと思って、いっそう苦しくなったと。 これはぼくがよく言っている「ナンパ師の不幸」というやつですね。ナンパ師は、ナンパが上手です。セックスも上手ですね。だから女の子を楽しませることが出来るので、女の子が寄ってきます。でも女の子はこう思うわけです。「この人は、私じゃなくたって、こんなふうにナンパをするのかもしれないし、私じゃない相手に対しても、上手なセックスをするかもしれない」。つまり「わたしじゃなくてもいいんだろうな」と思うんで、ちょっと退(ひ)くわけです。ナンパ師にとっては、女の子にそうやってちょっと退いてもらったほうが、安全なわけです。ストーカーになられなくて済むし、つきまとわれないでも済むわけです。 でもナンパ師にもいろいろいて、ある種の濃密な関係、愛が欲しいと思っている男がいるとすれば、彼はナンパ師になることによって得るものもあるけど、失うものもあるかもしれないという問題があるわけです。 ちなみに1981年のアメリカの映画で、『アメリカン・ジゴロ』っていう作品があるんですよ。リチャード・ギアっていうアメリカのハンサムで有名な俳優さんがでているんですが、これもやっぱり、イモ男がジゴロの世界にはいってきて、年増の女たちに鍛えられて、ジゴロ界のNo.1になる話ですね。ところが、No.1になったときに、ふとした拍子である人妻に恋をするんです。ある人妻に恋をして、一生懸命セックスをするんだけど、その女がこう言うんです。「あなたの愛情は感じる。でもあなたのセックスはわたし相手のセックスじゃない。セックスがお勤めになっているのよ」って。お勤めっていうのは、別に義務でやっているというわけではなくて、要は「パターン認識の中で培われた引き出しを使ってやっているに過ぎない、だからあなたとのセックスはさみしい」というわけです。でもリチャード・ギアはいまさら昔に帰ることは出来ない。ここまで来たら引きかえせない。というわけで、全体としてすごくダルい映画になっているわけです。このダルさも、ぼくには非常に身につまされるものがありました。そういったことを、ぼくは最近よく考えているので、きょうの向井さんのお話を聞いて、ぼく自身少なからず身につまされる部分があったわけです。 最初に当たり障りのないあたりから伺っていきたいと思うんですが、AV男優っていう仕事はオープントウオールで皆に開かれていると思うんですが、長く続く人って言いうのはあんまりいませんよね? 【チョコ】そうですね。10年選手が5〜6人から10人の間で5年くらいのキャリアのひとがやっぱり5人くらいですね。で3年くらいが5人くらいで、大体20人くらいで成り立ってます。だから長く続く人っていうのはそれだけ人間ができてたりとか、信用のおける人。そういう人が10年やってますね。そうじゃなければ自然淘汰されて消えてっちゃいますよ。これから3年くらいの人もそういった中で性格がよかったりとか、信頼のおける人とかだったら、10年選手もたくさん出てくるんじゃないでしょうかね?たとえば私の他で10年選手といえば、皆さんも知ってるような方で加藤鷹さんとか。そのへんがやっぱり有名ですよね。 今の『アメリカン・ジゴロ』の話は、男優ジゴロというか、わたしたちと同じだなと思いました。なぜかといいますと、わたしたちもセックスのときに普段でも撮影のときと全く同じようなことをやってしまうんですよ。たとえばね、女の子の髪の毛とかかきわけてカメラもないのにカメラによく映るようにしてみたりとか(笑)あるんですよ、自然に。あとライトを切っちゃいけないって思う習慣があって、正常位やってるときとか正常位って体をくっつけてやるものなのに、ものすごくはなしてみたりとか。で、ついでに潮でもふかせちゃおうかってびーっとやって、うわー出て来たよーって、で、シーツが汚れるだけっていう。 【宮台】向井さんが長続きしたっていうのは、もちろん向井さんの男優としての身体的なポテンシャリティー、つまり誰でも勃つ、どこでも勃つといった向井さんにまつわる神話とかそういったところにもあると思うんですよ。もちろんその神話に関してもさっき東條君が言ってたみたいに聞いてみたいなというのはあるんですが、それはまたあとで時間があればということにして、メンタルな部分をもっと伺ってみたいんですよ。もしメンタルな部分で、自分はこういう人間だからAV界で長く続いたということがあったら教えて下さい。 【チョコ】本当はですね、こうやって大勢の人の前にでるのって苦手なんですよ。人前にでるのは楽しいけど苦手で。ナンパとかもそうですけど、本当は初対面の人とかとはあんまり話とかできないんですよ。だからその反面の部分、すごくコンプレックスになってる部分がパワーにつながって、どんな人でも勃つし、誰とでも仲良くなれちゃうっていうことになる。そういう(負の?)部分がつよかったんじゃないですかね。だからこうやって大勢の人の前にいるというのもコンプレックスをパワーにかえて楽しめるようになったんじゃないかって感じがしますよね。本当はおとなしいひとなんですよ。 【宮台】なるほど。最初にAV男優になられる前に、新日本プロレスの門をたたいて、いじめられてでられたということを話してらっしゃいましたが、そのあとAVがある意味、居場所になったんですよね。コンプレックスという部分はたしかによく分かったんですが、AV始めて3〜4年くらいで向井さん神話というのができてくるわけで、コンプレックスとかってそれで消えちゃったりとかしなかったんですか? 【チョコ】自信につながったとは言えますね。自分にある恥ずかしがってる部分は、まだ自分の中にもかわいい部分が残ってるんだなと思えるようになった。恥ずかしいとか思わなくなったんですよ。初対面の女の子と二人っきりになったらなんかちょっとどきどきししちゃうとか話せないとか、そういう部分はコンプレックスはなくなって自信になったんじゃないですかね。 【宮台】以前女性向けの雑誌で、「AV男優と経験しませんか?」みたいな企画があって、向井さんやってらっしゃいましたよね?5年以上前になりますかね? 【チョコ】それは今でもやっているんですけどね。 【宮台】ぼくの勝手な思い込みかもしれないんですけど、そのときの印象では、女の子がその場で何を感じているのかという気持ちを、その場で感じ取って、入り込んでる感じがしたんですよ。それは向井さんの自信やら経験やらからきているのかもしれない。そのへんというのは、やはりAVを通して、修得されたものなんでしょうか? 【チョコ】そうですね。AV男優はやっぱりセックスがうまい、上手だ、テクニシャン!とかって思われるんですけど、本当はたいしたこと無いんですよ。小細工というかそういう技が長けているだけで本当はそんなめちゃくちゃうまくはないんですよ。だけど普通の人より何の才能があるかといいますと、相手の女性が求めているものを察知する能力にすごく長けているんですよ。この人は精神的に癒されたいのかそれとも肉体的なものなのか、本当はエッチがいらなくてそばにいてあげるだけでいいのか。そういった部分が、ふっと触れた瞬間にわかっちゃうんですよね。キスした瞬間とか。そういう部分が長けているんだと思いますよ。 【宮台】ここには若い方がたくさんいらっしゃるんで、いま向井さんがおっしゃられたことが印象的だと思うんですけど。 たとえばAVでは、エキベンとかガンシャとか、型があるじゃないですか。若い子たちっていうのは、その型を目撃して、かなり模倣するようになりましたよね。ぼくは最近たまたま、CSのパラダイスTVっていうエロ・チャンネルに出演したんですよ。よく渋谷のラブホテルの2チャンネルや16チャンネルで流れてますよね。そこでぼくは「マニア・ナイト」の「SM特集」ということで、SM指南役として登場させてもらって3時間程話したことがあるんですよ。 【チョコ】そこで男優やってきたんですか? 【宮台】いや、男優はやってないです(笑)だって公務員ですよ、ぼくは(笑)ただ、SMとかスワッピングとかいろいろやってきた経験があるんで、そういった経験がある人間にしかできない話をしてきたんです。 【チョコ】経験豊富ですね。 【宮台】いや、向井さんに言われたくないんですが(笑)でも、向井さんからそういうふうに言われると、正直、すごくうれしいかもしれない(笑) 実は、SMを形だと思っている人が多いんですよ。セックスをガンシャだなんだって形だと思ってるのと同じで。でも今どきラブホにいけば、自販機とかにバイブもあればピンクローターもあるし、ローションもありますよね。それを使って、バスローブかなんかで縛ってやっちゃえば、「SMいっちょあがり」じゃあないですか。でも、それってSMではないと思うんですよ。たとえばぼくがその番組に出たときに、若い男性スタッフが本番でテロップを出せっていうんです。そこには「SMはもはや異常なことではない」とかって書いてあるわけですよ。ぼくは『ちょっと待てよ。SMって異常だからSMなんだよ』って言ったわけです。 【チョコ】アブノーマルって言いますよね。 【宮台】そうです。まさにアブノーマルなんですよ。つまりは、こういうことです。昔、ぼくらが大学生の頃には、縛ってやるとか、道具をつかってやるとか、人が見ているところでやる、といったことは、非常にアブノーマル度が高くて、非日常的だったから、SMとしての条件を構成したんですよ。でも今は「ライトSM」っていう言葉があるように、形としてすごくありふれてしまったでしょう。そうすると、それは「プレイ」ではあるけれど「非日常」ではないわけです。 【チョコ】普通ですよね。 【宮台】普通なんです。ということは、もう形ではSMを構成できない時代なんですよ。SMっていうのを、「非日常を超える」「タブーを越える」ことだとすると、タブーっていうのが一体どこにあるのか、よくわからなくなった、少なくとも外形には見出されなくなった。そこで、番組で言ったんですけど、今やタブーは外形ではなく心の中にこそあると思うんですよ。ぼくはそのタブーの2つの源泉として「愛」と「トラウマ」を挙げたんですね。 「愛」って分かりますか? たとえば、自分がある女を愛しているすると、その女を貸し出しちゃうとかね。自分は縛られて、その女が複数の男にやられるのを見せつけられちゃうとか(笑)そうすると、パニックを起こしてしまったりするんでしょう。これはまさにSMですよ。で、パニックを起こしそうだと思ったのに実際やって見ると結構なんともなかったので、『なんだ、この女は自分にとって大したことないのか』って発見できたりするんですよ。いずれにせよ、愛があると、それを道具にして「非日常」の扉を開けられる。 でも、自分と相手の女の間に愛がないならば、どうするか。その場合にも、相手の女の側に、愛している男、たとえば旦那さんがいたり恋人がいたりするでしょう。そうすると、それをエサにして「言葉責め」できるじゃないですか。『おまえ、旦那に電話して声きかせてやろうか?』うんぬんって(笑)それも愛を餌にして非日常を味わっているんですね。 【チョコ】簡単なことでもできますよね。 【宮台】そうです。道具はいらないんですよ。 あと、トラウマですね。性的な被害体験のある子っていうのは、一般には触れてもらいたくないことだって思ってますよね。これは代々木忠さんのAVから学べることなんですけど、トラウマをプレイのネタとしてうまく使えば、女の子はそれを乗り越えることができる、あるいは女の子がトラウマを小さくできる。そういう代々木理論があるんです。これは「プラトニックアニマル」という本に書いてありまして、実は、ぼくはそれを、代々木さんの本を読む前に実践していたんですね。それで代々木さんの本を読んで、「なるほど」と思って、自分の意を強くしたということがあります。つまり、トラウマのある女の子を相手にする場合、トラウマにうまく触れることによって、SM的なプレイに持っていくことが可能な場合があるんです。でも非常に難しい危険なことなので、子どもは絶対に真似をしないで下さいね(笑) といった具合に、愛とトラウマが存在すれば、タブーを設定できて、SM的な世界に行けるんです。でも、そういうことができるためには、先ほど向井さんがおっしゃっていたように、相手の女の子が一体何を望んでいるのかが、分からないといけないんです。つまり、その子にとっては、一体なにが日常で、なにが非日常なのか。何に関して触れてほしくて、触れてほしくないものは何なのか。またこれが重要なことなのですが、表面的には触れてほしくないとかっていってるけど、本当は触れてほしくないことはない(笑)とか。そういう微妙なところがあるじゃないですか。 【チョコ】そういうもんですよね。これをみてほしくないとか触れてほしくないということだけでSMですよね。たとえばトイレにいっておしっこしているところ見てほしくないとか。そういうのもSMだと思うんですよね。あと風呂に入ってないからなめないでほしい、でもなめちゃうよ。っていうのもSMになりますし。本当にちょっとしたことでもSMになりますよね。アブノーマルな部分って。だから縛ったり、目隠ししたりするだけがSMではないと思いますね。 【宮台】今の若い子達っていうのはセックスに関しては低年齢化したんだけど、そのへんの感覚って逆に鈍っている感じがするんですよ。東條君はそのへんどう思いますか? 【東條】ぼくですか?(笑)そうですね、確かにメディア、ビデオとかエロ雑誌とかからの情報が氾濫しすぎてて、かえって取捨選択の判断が難しくなっている感じがするんですよ。今の子って単純で考える力がないんで、見たら『あっ、できるんだ。』って試したがる。今の子達は情報の氾濫っていう状況に踊らされている部分があるんじゃないかとぼく自身は思います。 【チョコ】AVなんかは、セックスという意味ではメディアの最先端の部分ですよね。だから、AVとかでやっていることが一番正しいとか、教科書だと思っているひとって結構いますからね。そういうわけで、我々AV男優なんかも正しいセックスはできるだけそのなかで見せなきゃいけないなっていう使命がありますね。 だから、一昔前だとガンシャしてたりするのが当たり前だったんですけど、それとは違うんだっていう。エキベンやってあたりまえっていうのも違うと思いますよ。今の風潮でいったら潮吹き。あれは誰でも吹くんです。でも、真似しようと思ってもみんなふかないんですよ。それが今ガンシャにかわる性のメディアの間違った認識じゃないかと思うんですよね。 【宮台】向井さんね、10年以上お仕事をしていらして、若い男優さんと一緒にやられたりすることありますよね。10年以上のベテランの方々っていうのは、いま30代半ばに達しておられる方多いと思うんだけれど、そういう向井さんから見て、若い最近の男優さん達との違いとかってあるんですか? 【チョコ】若いやつらは、変なところで勃って、変なところで勃たないんですよね。たとえば手こきで勃ったりとか。手こき・・・いきなりわかんなかったかなあ(笑)要するに、セックスそのものを合体とすると、あれよりも受け身になって、相手に手でしごいてもらうんですよ。そういう手こきでやったりすることの方が気持ちいいっていう人とかがいるんですよ。そんなの自分達からしてみれば、「そんな手でやってもらうよりも、やったほうが気持ちいいだろ」とか思うんですけど、若い年代のやつらにとっては手こきのほうがいいって言うんですよね。 【宮台】ぼくの周りでも、そういうやつが結構いるんですよ。結局、自分で女の子をさわっていろいろしてあげると、自分が女の子にあれこれと評価されるんじゃないかっていう恐怖心があるみたいなんですよね。 ぼくとか、ぼくの周りにいるわりと性に近しい仕事をしている人がよく言うことだけど、たとえば親がラブホを経営してるとか、風俗を経営しているということがあったりすると、少数の人間はそれで性的に開けちゃうんだけど、多数の人間はむしろ性的にすごくスクエア、厳格というか堅物になっちゃうことがあるんですよ。これはよくあることなんですけど、今の若い人たちを見ていても似たようなところがあって、たとえばAVとかインターネットも含めて情報がすごくあるじゃないですか。 【チョコ】一つの原因はネットの氾濫でしょうね。 【宮台】そうですよね。中学生とかがそれを見たら、「やっぱり自分にはできそうもねーなー、これは」とか(笑)あるいは、潮吹きとかを見て、「あっ、これは、ちょっとオレにはキビシイかな」と思ったり(笑) 【チョコ】そういう映像とか写真の世界だと思っちゃうんですよね。でも、それはつくられたものなんですよ。 【宮台】そこらへんのリアリティーが、なかなかわからないということがあるんですね。たとえばさっきのTV出演でも言ったことなんですけど、性の仕事に関わってらっしゃる方々が、肉声でオンラインでいろいろ言っていただけると、昔の日本のムラ社会で隣のねーちゃんやあんちゃんが言ってくれたのと同じような効果が、結構あるのかな、なんて思ったりするんですよ。 AVにしても、インターネットにしても、なにか外形上の物差しになっちゃっているんだよね。これがセックスだぜって。あるいは、みんながこれをやってるんだぜって。「だれもやってねーよ、そんなこと」(笑)って勘違いがすごく多いんですよね。 【チョコ】あと、今の人たちはもっと苦労したほうがいいですね。「今の人達」とか言ったらちょっと親父っぽくなっちゃうんですけど(笑)いろんなものがすぐ手にとれるし、コンビニに行ったら雑誌もみれるし、ネットはボタン一つで見れるんですけど、やっぱりエロというか、性的な興味が湧いたときっていうのはすごく苦労して手に入れた方が実感湧くと思いますよ。 たとえばですね、自分達の少年時代っていうのはエロ雑誌とかエロ漫画でしたね。ビデオがまだ普及してない頃で、そういう映像になっているものは日活のピンク映画とか。あとは昔あったTVの再現フィルムとか、濡れ場シーンとかあるんですよ。そういうので興奮してて、他になかったんですよね。だからエロ漫画とかを拾って、見て、すごい興奮した覚えがありますね。 それと同じで女性に対する接し方もすごく気を使ってましたね。村に女性が一人とか二人しかいない場合は必死にやりたいもんだから、お近づきになりたいということで、もうあの手この手で声をかけたり、仲良くしようと思って、苦労したんですよ。多分今はそういうのがないからリアリティーがないんじゃないかと思いますよね。 【宮台】すごく難しいのはね、君たちの世代とかって──東條くんの世代だけども──二極分解している気がするんですよ。昔から言われていることだけど、オタク系と呼ばれる人達が昔いたよね。今はそういう言葉は死語になっているのかもしれないけれど、性から退却している人達。そういのっていうのは今でも相当多いんですよ。多分、向井さんも御存じかもしれないのですが。ぼくのところの大学院の学生とかは、多分平均年令25歳を超えていると思うんですけど、童貞率とかめちゃ高いんですよ。 【チョコ】そうですか。 【宮台】ぼくが大学院にいた頃は、童貞率がずっと低かったんですよ。それはね、今、向井さんが経験とか苦労とおっしゃってたんですけど、やっぱりプライドが邪魔している気がするんですね。たとえば「普通の人達は18歳でセックスをします」という標準があったとするじゃないですか。マスコミとかで出てるけど、そういうデータが本当かどうか知らないですけどね、20とか22とかだったらまだリカバー(回復)できる気がしますけど。 【チョコ】22で童貞ってこと? 【宮台】そうです。でも、32歳で童貞ってことがあると、標準よりか11年遅れの童貞喪失っていうのをやるのは、プライド上、相当に難しいと思うんですよ。すごく面白いのは、ぼくらの頃は素人童貞って結構いました。要は風俗ではやったことあるけど、素人相手にはないっていう。でも今は、風俗にもいけない男の子がたくさんいるんですよ。昔だったら、風俗行けばいいじゃんってことになるんですけど。 【チョコ】高いからですか? 【宮台】こわいから。やっぱりプライド上の問題です。極端なケースだと女の前で裸になることができない男の子もいる。 【チョコ】それは何でですかね。 【宮台】恐いんですよ。女の視線にさらされると不安になる。さっきの手こきの話とよく似ていて、男が寝そべって、まぐろ状態で女の子に手こきでやってもらうと、女の子の評価にさらされないで済むという。 【チョコ】裸になるというよりも自分をさらけだすのが恐いんでしょうね。自分を脱ぐのが。 【宮台】まさにそうですね。そういうケースがすごく増えてしまっているので、すごく性が反乱しているように見えて──いや情報としては現に氾濫しているんですけど──、性的にきびしい人達っていうのはかえって増えているんじゃないかと思うんですよ。東條君どうですか? 【東條】自分ははやかったんで・・ 【チョコ】童貞? 【東條】そう見えるかもしれませんが、童貞ではないです(笑)ぼくは結構さらけだしちゃうタイプなんで、プライドとかないと思うんですよ。自分から相手に対してアピールしないと何もうまれないと思っている人間なので。確かに、今は男より女の方が強いといわれてて、男の方が弱いっていう状況がセックスの方にまできているのかと思うと結構恐いですね。それを打開するにはいかなる方法があるんでしょうか? 【宮台】たとえば、向井さんのような方が、ある種の見本としていらっしゃるとすると、どう思いますか?自分もなろうと思いますか?それとも違う人だなと思いますか? 【東條】そうですね、やっぱり‥‥目標というか‥‥‥ 【宮台】いや、やっぱり東條君、すごいよ(笑) 【東條】やっぱり向井さんのこと好きなんで、目標にしたいというのはあるし、自分自身をさらけだすというのは、悪いことというよりむしろいいことだと思うので、そういうさらけだす勇気というのにはすごく憧れてます。 【宮台】さっき向井さんが、自分流じゃないと勃たない若い方達の話をされてましたよね。向井さんはその対極にいらっしゃるわけじゃないですか。それは、向井さんにもともとどういった資質があったから、状況に左右されることなくどこでもオッケーという感じになれたんですか?最初からギンギンにいけたわけですか? 【チョコ】失うもの、マイナスになるものが無かったんで、最初から裸になれたんじゃないでしょうか?最初にやりはじめたばかりの頃ははっきりいってセックスはそんなにうまくなかったと思いますよ。そうやって、自分に自信をもっていたわけじゃなかったんで、最初から裸になれたんでしょうね。 【宮台】愛の話が今日のテーマですよね。ぼくも人数をこなしてゆくと、昔は必然だった感覚──この女にしか無いんだと思うような感覚ですね──それが薄れてきます。この女との関係は必然だと思っていたものが、他の女との関係にもあることがわかってくると、相対化がどんどんと進んでいくんです。経験をつめばつむほど上手くはなるけど、相手からはさっき言ったように「この人はパターン認識でやっているんじゃないか」とか思われたりする。あと本人もそうで、ナンパがうまくなっていけばいくほど、パターン認識の引き出しが増えるわけですよね。 さっき向井さんが、女の人は究極的には違わないとおっしゃられていたのが、すごく印象的だったんだけど、これに関して、ぼくはこう解釈するんですよ。実際いろんなタイプの女の子はいるんだけど、引き出しは全部できちゃってるんで、何が出て来ても驚きがないっていう感じかもしれないって。そういうふうにセックスもナンパもうまくなっていくと、いろんなものに必然性がなくなってゆく。そういうふうに向井さんはさっきおっしゃったんじゃないかと思うんですよ。それは、ぼくや皆さんの一部も、確実にそういったことを体験していらっしゃると思う。 だから、こういうことを思うんです。今こういう話をしてたとしても、「オレは今まで一度も女にもてたことがなくて、今まさに一人とやれるかどうかが問題なんだよ!」って言う人とかにしてみれば(笑)、笑いごとではなく、遠い話をしているなあと思うかもしれない。でも、まさにそういったルサンチマンとか、あるいはコンプレックスをバネにして、なんとかしてやろうって、思ってナンパしたりセックスしているときは、すごい喜びがあるし、その喜びがエネルギーになったりもして、どんどんやっていくぞっていう気持ちにもなると思うんですよ。でも、そうやって、向井さんのように数が何百人、何千人を達するようになって、パターン認識の引き出しも出来てきて、自信もついて、コンプレックスもやりすごせるようになったときに、すごく難しい状態に陥ることになると思うんです。 つまり、皆さんの中にも、ルサンチマンやコンプレックスがあるかもしれない、それはぼくにもあるし、誰にでもあることだけど、それをバネにして何かをするということはとても大切だし、それがエネルギーになっていろんなことができるようになっていくということはあるとは思うんです。でもそれを続けることはすごくむずかしい。つまり、続けてゆくと、うまくなって、いずれコンプレックスも解消されちゃうし、さっき言ったように相対化も進んじゃうから、いろんなものが必然性を欠いてきて、『何でこの相手じゃなきゃいけないのか?』とか、『何で今セックスしなきゃいけないのか』とか、いろんなことがよくわからなくなってゆくってことが、あると思うんですよ。 そのへんについて、もしこの会場に、今言ったような状態になっている人がいたら、今の向井さんからおっしゃりたいことってありますか? 【チョコ】迷わず行けよ、行けばわかるさ。ありがとー!って感じですね。(笑) 【宮台】なるほど(笑) (会場から拍手) |