■マル激トーク・オン・ディマンド 第411回(2009年02月21日)
脳ブームは危険がいっぱい
ゲスト:河野哲也氏(立教大学文学部教授)
<プレビュー>
http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_411_pre.asx
『「脳にいいこと」だけをやりなさい!』、『脳が冴える15の習慣—記憶・集中・思考
力』、『脳を活かす勉強法』、『30日で夢をかなえる脳 自分を変えるなんて簡単だ』、
『脳を鍛える大人のDSトレーニング』、『脳内エステ IQサプリDS』等々、脳をテーマに
した書籍やゲームが氾濫し、ちょっとした脳ブームの様相を呈しているようだ。脳につ
いては、1990年代半ばに『脳内革命』がベストセラーになるなど、これまでも何度か脳
がブームになることがあったが、ここに来てわれわれの脳への関心が、新たな次元に入っ
ているかのように見える。
1990年代、アメリカの連邦議会による「脳の10年」プロジェクトの推進などによって
脳科学の研究が進み、人類の脳に対する知見は大きく進んでいる。たとえば、fMRI(機
能的核磁気共鳴画像法)の開発でどのような時に脳のどの場所がどう働くかを、脳内の
血液が流れる速度を画像にして調べることが可能になった。そうした技術が医療分野で
うつ病などの治療に活用されるなど、確かに脳科学の発展自体は利点も多い。
しかし、人間の行動の原因をすべて脳に求める風潮について、哲学者で『暴走する脳
科学』の著者河野哲也立教大学教授は、行き過ぎの感があると警鐘を鳴らす。
河野氏は、そもそも脳科学が当たり前のように主張している脳の様々な機能について
の言説は、実際には科学的根拠に乏しいものが多いと言う。現にOECDは科学的根拠に乏
しい脳に関する言説を「神経神話」として、報告書にまとめているが、「人間は脳の10
%しか使っていない」、「人間には左脳タイプと右脳タイプがある」、「男と女は異なっ
た脳を持つ」といった、脳に関する「諸説」の多くは、科学的な裏付けがないものが多
い。庶民レベルでのいいかげんな言説はご愛敬だとしても、最近はブームに便乗して権
威ある学者までが科学的根拠が弱い諸説を流布するようになっているため、やがてそれ
が教育や司法(犯罪捜査など)に応用されるようになることを、河野氏は懸念する。
そもそも脳にすべての行動や思考の原因を求める考え方には別の問題もある。たとえ
ば、脳科学技術を生かして作られた「スマートドラッグ」を使用して眠気を取ったり集
中力を高めて学習の成果をあげるようなことが行われている。薬などの外部的な刺激に
よって特定の能力だけを向上させ、記憶力が増したり、頭の回転が速くなればいいこと
もあるのかもしれない。しかし、そうした効果にどんな弊害を伴うかは十分に検証する
必要がある。たとえば、試行錯誤を繰り返しながら時間をかけて得られる経験というも
のは、人間にとって本当に必要ないものなのか。薬の力を借り、そうした経験を経ずし
て効率的に得た情報に、同等の価値があるものなのか。そのような薬の服用が横行する
ことで、本来その人間が持つ以上の能力の発揮を求められることが当たり前になれば、
結果的にその人間が追い込まれるような事態を想定しなくていいのだろうか。
河野氏は、「拡張した心」という考え方を提示する。脳科学は脳の働きを解明してき
た。しかし、たとえば「怒る」という感情は、単に脳の一部が働いたから作りだされる
ものだろうか。たとえば不正があったなど、自分の外部のものを要因として、怒りは生
まれる。心は、体の内部だけでなく、外部の社会や環境によって決められるものだとい
うのが、「拡張した心」の考え方だ。これに基づけば、自分の脳だけに原因を求めるの
ではなく、自分の外部の社会や環境に働きかけることも必要になる。河野氏が脳ブーム
に対して批判的な理由は、この考え方の違いによるものだ。
今週は昨今の脳ブームの中、脳についての基本的なことを哲学者の河野氏と考えてみ
た。
<今週のニュース・コメンタリー>
・中川もうろう会見の真相を報じないメディア
・不妊治療で受精卵を取り違えて移植