国際シンポジウム「クール・ジャパノロジーの可能性」3月5日開催1日目は、600名定員が予約段階で満員でしたが、当日200名近いお客さんが来場しなかったので、約150名のキャンセル待ちの方々はすべて入場できました。
本日の3月6日2日目、14時からのシンポも、同じような事態になるかもしれません。キャンセル待ちをしても無理じゃないかと思っていらっしゃる方々にお伝えいたします。僕が責任を持つことは一切できませんが、もしかすると会場前でキャンセル待ちされれば入れる「かもしれません」。
東工大世界文明センターのウェブサイトはこちらです。
http://www.cswc.jp/
疲れているのに2週間以上十分眠れていないのは“うつ”のサインかもしれません。
内閣府「自殺対策 睡眠キャンペーン」
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suimin/index.html
NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク 清水康之代表のツイッター
http://twitter.com/yasushimizu
ウェブマガジン
『B-plus』でのビジネスコラムの連載(インタビュー連載)、今月公開分がアップロードされました。以下のリンクからご覧ください。
http://www.business-plus.net/business/1003/114401.shtml
僕が東京大学の総合文化研究科で助手(社会学)をしていた時代に、やはり東大助手(法学)をしておられ、いろいろお世話になった広瀬久和さん(青山学院大学教授・元東京大学教授)をマル激にお呼びして、トヨタ車のリコール問題について話し合いました。3月18日発売の『サイゾー』に要約版が掲載されます。それに先立って、宮台発言の一部を抜粋してご紹介させていただきます。
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宮台: リコールという言葉を耳にすると、僕らは70年代に軽自動車「ホンダ・N360」から始まった「欠陥車問題」に結び付けて考えがちです。しかし畑村先生は「欠陥があるからリコールをする面もあるが、それとは別に、イノベーティブなプロセスの中で消費者と協力しながら製品の調整を行う手段としても考えられる」と言います。それを見逃して「リコール=欠陥=企業イメージ低下=不買」と捉えるのは違うのではないかということですね。
今回の問題は、切り取り方で見え方が変わります。最初は「アクセルがフロアマットに引っかかる」という話だったのが、やがて「部品の摩耗が原因でアクセルが戻らない」、そして「アセクル周りの電子制御システムに問題があるんじゃないか」「プリウスのブレーキの制御システム自体に欠陥があるんじゃないか」と次々に別の問題が持ち上がりました。その結果、どの問題にフォーカスしているかが明確ではない状態で、性質が異なるリコール問題が一緒くたに語られる印象が拭えません。「イノベーション過程での調整」の話も、フロアマットやアクセルペダルの設計・製造上の問題には当てはまらない。これらは自明に欠陥の問題です。その意味で、プリウスのブレーキに関わる不具合問題に焦点を当てること自体、アクセルなどでの欠陥問題を覆い隠す機能があるのです。
宮台: ところが豊田章男社長がフォーカスしたのは、自動車の安全性に関わる根幹部分の不具合ではなく、プリウスの設計に関する問題でした。「フィーリングの問題だ」というのは、プリウスについては的外れじゃない。だからこそ、僕からすれば、廣瀬先生がおっしゃるアメリカで燃え上がっている問題から、わざと論点をずらしていると見えました。フロアマットに引っ掛かったり、ペダルが張り付いたり、急加速したりする問題は、フィーリングの問題どころじゃありません。
宮台: 昔であれば「リコールとは欠陥車を回収するものだ」という考え方が専らでしたが、現在ではいわば「予防原則」の観点で行われるようになりました。しかし、そのことがきちんとアナウンスされていないので、消費者は今も「リコール=欠陥車」という従来のイメージを引きずり、強烈に否定的な反応を示してしまう。それが企業イメージへのダメージにつながってしまうため、不具合の可能性が明らかになったときに発表を遅らせようという動機が働いてしまうのだと思います。
宮台: 豊田章男社長は会見で「トヨタは全能の存在だとは思っていない」と何度も語りましたが、廣瀬先生がおっしゃるように、アメリカではトヨタという企業が完全なものかどうかなんて誰も問題にしていない。むしろ、問題が生じた際の対応こそが焦点であり、技術そのものよりも、技術を巡る人間たちの行動に焦点をあてて憤慨しているわけです。その意味で、この会見は、アメリカの消費者に対する説明にはなっていませんでした。なぜこんな見当違いが生じるのか理解できません。
宮台: 廣瀬先生がおっしゃるように、トヨタ自動車という企業固有の問題ではなく、日本の法文化によるところが大きいでしょう。例えば、85年にドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領(当時)が演説を行い、戦争被害に対する個人補償について「罪」と「責任」を明確に分けました。「ナチスの犯罪についてドイツ国家は謝罪しない。組織内のポジション、軍人だったのか市民だったのか、大人だったのか子供だったのかによって、罪が変わる。それぞれに違う人間たちの罪を政府が代表して謝罪はできない。しかし、罪はなくとも責任は果たす。それはは、人に貸した車が事故を起こした場合、自分に罪がなくても所有者として責任を果たすのと同じことだ」という理屈です。責任を果たすのはなぜかといえば、国際社会における存続可能性と共生可能性――具体的に言えば将来の欧州統合におけるポジショニング――を考えてのことです。
同じくドイツの社会学者ニクラス・ルーマンの発想では、罪とは過去を賠うものであり、責任とは未来を切り開くものです。マックス・ウェーバーの結果責任という概念が示すように、結果として未来を切り開けなければ、責任を果たしたとは言えない。そうした観点からすると、日本は戦争問題について、謝罪を重ねてきたものの責任を果たしてきたとは言えない。罪と責任が区分されない日本の法文化の存在が大きいと思います。
宮台: そう思います。日本に「予防原則」の発想が定着しないのも、罪と責任が未分化だからでしょう。「予防原則に従って責任を果たせ」という言明が有効であるには、罪から隔離されている必要があります。「予防原則」とは罪があるという確証がない段階で責任を果たすことを意味するからです。「責任を認めたら罪も認めることになる」というのは日本的法文化ではリアリティのある考え方だけど、国際社会は通らない。「今回の不具合に対してトヨタに過失(罪)があるかどうか判然としないが、万が一ということがあるので社会的責任を果たすべく回収します」と言えば国際社会は納得するのに、それをしなかったのは口惜しく感じます。トヨタが罪がないという意味で完璧な企業であるかどうかよりも、責任を果たす企業であることのほうが、複雑な社会システムでははるかに重要なのです。
宮台: 僕は講義で法文化を説明する際に罪と責任の分化を話しますが、理解できない学生は一人もいません。過去と未来の分化には行為合理性があるから、口で説明すれば誰でも分かるのです。インターネットがこれだけ広がっていて、どのメーカーもウェブサイトを持っています。トヨタファンのブロガーも多いでしょう。であれば、そうしたネットワークを使い、「歴史的には日本ではリコールというと『欠陥車問題』という固定観念があるだろうが、今や欠陥が明確でなくても社会的責任を果たすためのリコールが必要になった」とアナウンスをすればいい。そうすれば欠陥の有無とは無関係に問題を社会的に処理できます。ところがトヨタはいまだに「電子制御に欠陥はない」の一点張り。例えば「欠陥は定かではないが、リコールして、ゼロから書き直したプログラムをインストールします」と言えばいい。
宮台: まさに宿命でしょう。僕は長くBMWに乗っていますが、10年ほど前から車体に大きなメモリを積み、300個ほどのセンサーで運転に関するあらゆる情報を蓄積し、不具合の申告があったときや、不具合がなくても定期点検や車検の際に吸い出しています。EDR(イベント・データ・レコーディング)と呼ばれます。これが非常に有効なリコール対策になっています。欠陥車問題や不具合問題が浮上する前に手を打ってしまうわけです。むろんイノベーティブな調整にも有効です。実際長く乗るほど調子が良くなります。ユーザーがどう車を使っているのか、どんな乗り方をしているのかが分からなければ、技術が適正であるかどうか判断できません。プリウスに起こった問題は、ユーザーの使い方がつかめていないことに起因します。全ての機械は使用条件を想定して設計されています。想定どおりに使われているかを検証しなければなりません。一歩間違えば致命的な事故を起こし得る自動車という製品に対して、メーカー側は「ユーザーは想定したとおりの使用条件で車に乗っている“はずだ”」とか、まして「乗る“べきだ”」と考えてはいけない。ここにトヨタの勘違いがあります。
宮台: 本来は、とんでもない運転をする人間も含めて全ユーザーをモニタリングする必要があります。それが社会的責任です。でなければ、2万人に1人の「変な人」が「変な操作」をして事故を起こして人が死ぬ可能性を抑止できません。そう考えれば、自動車業界は自然に、法的責任以前に社会的責任を取る方向にシフトしていかざるを得ないでしょう。
若い世代のコミュニケーション
―その変化の背景そして処方箋―
宮 台 真 司
自己紹介
宮台真司と申します。もともとは理論社会学で博士号を取りました。国家権力の構造を数理的に記述する研究です。そのあとサブカルチャー研究や若者研究にシフトし、みなさんのお目にふれるようになったと思います。
宗教や性愛、特に売買春のフィールドワークを1980年代から90年代前半ぐらいにかけて全国的に展開をしました。1993年にブルセラ女子高生の存在を世に知らせる記事を朝日新聞に載せたことから、いろんな反響が起こりました。
思春期の少女たちに対する思い込みがポンチ絵にすぎないことをはっきりさせるために、マスコミを使ってキャンペーンを展開したのですが、最近の僕は、出発点である国家権力の分析に戻りました。『日本の難点』もそうした方向性です。
問題設定の意味
本題に入ります。御依頼いただいた主題が、「若い世代のコミュニケーションが、どういうふうに変化してきたのか」なので、「若い世代のコミュニケーション、その変化の背景と処方箋」というタイトルをつけました。
まず、社会学の問題設定は、心理学との違いで言うと分かりやすいでしょう。心理学のようにミクロな問題をミクロな要因ので説明するのではなく、社会学はミクロな要因をマクロな要因から説き起こして説明するのです
今回「社会の現状」として取り出すものは三つあります。動機不可解な少年犯罪の激増、解離化・鬱化する若者の激増、関係性が脱落した若者の激増、という三つの問題をお話ししたいと思います。
1 動機不可解な少年犯罪の激増
動機不可解な少年犯罪の激増から申します。凶悪な少年犯罪が増えたとか、少年犯罪が激増したというのは誤りで、戦後、四つのピークがありましたが、強姦、放火、殺人については大体3分の1から5分の1に、ピークに比べて減りました。
97年に酒鬼薔薇聖斗事件が起こったのがきっかけですけれども、少年犯罪が激増したというようなデマゴギーが人口に膾炙(かいしゃ)しました。その背景には、動機がよくわからないという不安があるでしょう。
同じ問題が先進各国で生じています。60年代後半から行為障害の概念が大英帝国圏内で使われはじめ、70年代後半になると人格障害(パーソナリティー障害)という範疇が米国から世界中にひろがたます。
これは「病気ではないけれど、感情の働きが普通でない人たち」という概念で、行政的要請から生まれたものです。ただ、何が標準的な感情なのか、何が壊れているのかは、社会的な物差しを参照した上で定義される社会的事柄に過ぎません。
人格障害と精神障害は対立する概念ですが、現象を観察するときには混同されやすい。精神障害は「心の病気」です。何か犯罪を犯しても、罪は人ではなく病気にあると帰属処理できるのです。刑法39条1項「心神喪失」の概念が典型です。
これに対して、人格障害は病気ではなく、その人の性格に問題があるとされるケースです。性格形成のプロセスは本人に責任がないとも言えますが、それを言っては人倫の世界が成り立たなくなります。
「病気ではなく、健常な状態で犯罪を起こしたのであれば、その人が責任を負う」「性格上の問題は、本人が自己責任でカバーする」ことが、市民社会のルールになっているのです。だから人格障害は、精神障害とは違って、罰せられます。
つまり「病気が悪いのか、性格が悪いのか」という区別があって、性格が悪い場合には、普通に罰せられる。性格が悪いということを、「感情の働きが普通でない」「感情プログラムのインストールに失敗した」と表現しているわけです。
ところが昨今になればなるほど、何が標準的な感情プログラムなのか分からなくなります。社会成員が互いの感情を見通しにくくなり、勢い犯罪の多くは動機不可解になります。それで社会成員に不安が広がります。
それとは別に、帰属処理を可能にする社会的意味論の崩壊もあります。「貧乏だから食うに困って犯罪を犯した」といった因果帰属が昔は一般的でした。こうした帰属処理が可能ならば「自分の家族は食うに困らないから大丈夫」と安心できます。
でもそうした帰属処理が難しくなってきました。犯罪をした子が、普通の家の子で、普通に学校に通い、近所や教室での評判も悪くない。となると、切り離しによる安心ができず、「うちの子は大丈夫なのだろうか」と不安になるのです。
すると、不安をあてこんで視聴率を獲得したがるマスコミが、人々を不安にする情報を出します。マスコミは「不安のステイクホルダー」です。人々が不安になるほどマスコミを頼りにするので、マスコミは不安をあおるように動機づけられます。
感情の働きは習得的です。何が標準的な感情プログラムなのかを先験的には言えません。昭和34年生まれの僕はカブトムシやカエルに爆竹を結び付けて爆発させる遊びをしていました。今はそんなことをしたら大変。この子は性格異常だということになる。
こんな具合に、感情の働きの正しさや適切さを判断する基準は社会的です。同じような意味で、人を殺してはいけないかどうかも先験的ではありません。現に、人を殺してはいけないというルールを持つ社会はありません。
どんな社会も、戦争や処刑において「人を殺せ」と命令を発します。命令に背くと、逆に処罰されます。その意味で、「人を殺してはいけない」というルールを持つ社会はないと云えるのです。
代わりにあるのは、「仲間を殺すな」というルールと「仲間のために人を殺せ」というルールです。この二つはどの社会にも存在します。死刑禁止は、ここ40年の動きに過ぎないので、人類史的には無視できます。
感情プログラムはどういうふうにインストールされるのでしょう。普通の人は教育だと考えます。親や教員が何を教えるかが、子どもにインストールされる感情プログラムを決めるのだと考えがちです。
その証拠に、道徳教育や、感情教育などの必要性が、声高に叫ばれます。しかし、社会学者の大半は、そうした考えかたについて懐疑的です。なぜなら、「教育意図の失敗による社会化の成功」があるからです。
現に、僕がいた麻布中学と麻布高校は、中学高校紛争のあおりで、ほとんど授業がなかった。授業中に花札やマージャンをやったり、ラーメンの出前が来るなどいう状況で自己形成をしました。それが僕を「このように」育て上げました。
社会学では、教育意図の失敗は、社会化つまり「社会がまともな感情をインストールする働き」の障害にならないと考えます。むしろ「教育意図の成功を以て教育の成功だと見做す」ような甘えを警めるのが、社会学的思考です。
家庭も学校も通過点です。学校や家庭で「いい子」であることが、社会をちゃんと生きられることを保障するわけがない。逆に、学校や家庭で数多のトラブルを経験して乗り越えた子のほうが、社会をちゃんと生きられることがあり得ます。
感情プログラムについては別の論点もあります。社会をちゃんと生きるとはどういうことかということです。結論から言えば「社会をまともに生きる」ということから「社会をうまく生きる」という方向にシフトしました。
社会が複雑になると、いろんな人がいるので、共通の前提を当てにしにくくなります。すると、社会成員たちは、共通の価値観を内蔵していることよりも、監視と処罰をちゃんと施すことを、頼りにするようになります。
社会学では「価値コミットメントからアーキテクチャ(しくみ)へ」と云います。そういう方向に社会が進むほど、「ちゃんとした価値観を持った人から社会を構成しなければならない」という考え方が廃れます。
そして「社会成員がココロ的にちゃんとしていなくても、いいかげんなことができないような監視と処罰のネットワークを張り巡らせろ」という方向に、変わっていきます。現に昨今の日本は、そうした方向に進んでいます。
ここに「人々が殺してはいけないと思うから殺さない社会」と「殺してはいけないと思う人が一人もいなくても殺しが起こらない社会」とどっちがいいかという問いが潜在します。前者から後者へのシフトには、社会的流動性の増大という背景があります。
グローバル化すなわち資本移動自由化が進み、金も人も国境を越えて移動するのが当たり前になれば、かつてのように共通前提をベースにして社会を回すのは難しくなります。だから、放っておけば、前者から後者へのシフトは不可避的です。
そう考えると、動機不可解な犯罪が増えてきたのは、単に性格異常や人格障害が増えたという話でなく、社会的流動性の増大で、何が標準的な感情プログラムなのかが自明でなくなって、互いの動機が見通しがたくなった結果だと言えます。
もう一度確認します。僕たちの社会が、標準的感情プログラムのインストールを前提としない、過剰流動的な社会システムへと変化すれば、動機不可解な犯罪が増えるのは不可避で、それに伴う重罰化感情が噴き上るのも不可避です。
2 解離化・鬱化する若者の激増
次に「解離化・鬱化する若者」について話します。解離化とはディスアソシエーョンの訳。解離性同一性障害からきた言葉です。解離性同一性障害とは、一人の人間の中に複数の人格が存在して、記憶の共有がない状態です。
この障害では、人格が変わると、元の人格が何をやっていたのかを知らないので、個々の犯罪について「その人間」が責任を取りうるのかどうかが微妙になります。ここ十数年、日本でも結構いることがわかってきました。
精神鑑定において昨今は「解離的」という言葉がよく使われます。この場合は、リアリティーが連続していないとか、記憶の脱落がところどころに存在するという「弱い意味」です。その意味で「キレやすい」という言葉と緩く対応します。
「キレる」とは、感情の継続性の中で喜怒哀楽の起伏があるというより、ばちっとキレた瞬間の前と後でリアリティーが違ってしまうので、キレた状態から回復すると「何で俺はあんなことをやってしまったのか」となるケースです。
僕の考えでは、解離化は過剰流動的な社会への適応です。この社会は解離を奨励する社会です。そのことは、例えば、企業研修プログラムや就職活動マニュアルの中身が、ここ20年ぐらいでだんだん変わってきたところにも見出せます。
かつては「理想的な自分を現実化するには、どうしたら良いか」という問題設定だったのが、「場に応じて最も適格な人格を使い分けるようにするには、どうしたら良いか」という問題設定ふうに変わりました。
かつては「自己実現する」がキーワードでしたが、最近は「KYを回避する」つまり「場に応じて適切な振る舞いをする」ことが推奨されます。なぜか。理由は過剰流動性です。解離化は過剰流動的環境に非常に適合的なのです。
過剰流動的環境は、人格システムに巨大な情報処理負荷をかけます。この負荷を、単一のCPUで処理するより、複数のCPUに処理を分散して緩やかに結合するほうが、情報処理能力があがります。それが「適合的だ」と云う所以です。
次に、鬱化です。過去10数年間に、鬱という処方を受けて抗鬱剤とか抗精神薬を処方される人の数が30倍以上になったとも言われます。大きな背景の一つは、薬理療法化と行動療法化でしょう。
かつては精神科医によるコミュニケーションや精神分析が重要だとされました。それが、薬を飲んだり一定の行動を反復すれば問題が改善するのなら、カウンセリングもコミュニケーションもいらないという発想が広がったことがあります。
もう一つ背景は、ネットによる情報化。「この医者は簡単に薬を処方する」といった情報が一挙に拡がります。そこから先は悪循環。クライアント1人に5分以下の診療時間しか取れない状況で、詐病かどうか見分けられずに処方することになります。
そうしたものも含めて鬱として処方を受けるので、30倍以上の数になった面もあります。ただ、実際問題として、鬱的になりやすい若い人がものすごい増えたことは、僕の経験からも間違いないと思います。
鬱病はもともと内因性に分類されます。外因性つまり外から障害を受けて脳がおかしくなったのではないし、器質性でもない。内因性というのは心のダイナミックなメカニズムのどこかに故障が生じていると考えられるケースです。
内因性の精神疾患については、基本的には社会ごとの比率がほぼ一定で変わらないと考えられてきました。それが、これだけ急激に変わるということは、内因性の「古典的な鬱」とは違う鬱が増えたことを意味します。
そこで「軽症鬱病」「軽躁軽鬱」と呼ばれます。「古典的な鬱」は自罰傾向が強いのに対し、「軽症鬱病」は他罰傾向が強かったり、他罰傾向と自罰傾向を頻繁に交替します。自分を責めたと思うと他人を攻撃する人たちが増えています。
「古典的な鬱」の場合、従来「自分について理想が高いから、理想の自分から自分が離れるのが怖くて、人とコミュニケーションできなくなったり表に出られくなるのだ」というふうに言われてきました。
ところが「軽症鬱病」にそうした傾向はありません。非社交的どころか、むしろ社交的な若い人たちが「軽症鬱病」にかかりやすい。非常に社交的な人間が、ある時点を境に突然人前に出てこられなくなるわけです。
こうした事実に僕が気づいたのは90年代半ばです。「ナンパ師」を集めたイベントで、5人集めたとすると、そのうちの1人か2人は「いま鬱です」と言って出て来られない。社交的どころか、モテまくっている連中が、そうなるわけです。
これも僕に言わせると、過剰流動性社会への適応です。「ナンパ師の逆説」と言われるものがあります。ナンパ師は、ナンパの成功を喜ぶ裏側で、ナンパの成功ゆえに女性に対する不信を募らせます。それゆえに経験を重ねるほどナンパの喜びが減るわけです。
似たことが性愛領域を越えて拡がっていると感じます。性愛に限定すると、モテるということの意味が以前とは随分違ってしまった。昔はつきあうチャンス自体がレアだったから、異性と食事をするだけでうれしかったわけです。
過剰流動的になった今日では、女性が男性に「かわいい」とか「好き」とか言われても、「かわいい女性なんてゴマンといる。かわいければだれでもいいのか」というふうに思ってしまうわけです。。
一般的に過剰流動的社会では、関係性の正当性を弁証し難くなります。「私でなければいけない理由」がどんどん希薄化します。それゆえに、社交的な人ほど、逆説的な状況に引き裂かれて、退却傾向に陥りやすくなると考えられます。
過剰流動的な社会は、関係性をつまみ食いするようになるので、人格の「まともさ」を要求しなくなります。むしろ、場面に応じて最も合理的な振る舞いをすればそれでOK。自分や相手が何者なのかは問われません。
つまり「うまく生きるために必要なこと」が「まともに生きるために必要なこと」から大きく乖離するのです。そうした社会では、「まともに生きよう」とするとかえって「うまく生きられなく」なります。
だったら「まともに生きよう」というオリエンテーションを減らし、「うまく生きよう」というオリエンテーションに傾くことが合理的です。こうした状況が広範な適応現象を生んだことが、解離化と鬱化の双方の背景要因でしょう。
3 関係性が脱落した若者
(1)「ケータイ小説的なもの」の拡がり
次に「関係性が脱落した若者」という話をします。5年ぐらい前からケータイ小説が大人気です。読んでみると、1970年代や80年代の少女漫画などとは全く違っています。そこには関係性は描かれないで、事件ばかりが描かれるのです。
似たような方向性は以前から見られました。僕が1990年前後に「15秒コマーシャル的なものの増大」と呼んでいたものです。「ユーミン(松任谷由実)的なものから、ドリカム(ドリームズ・カム・トゥルー)的なものへ」の変化です。
ユーミン的な歌詞の世界は、自己同一性を有した主人公の物語です。そういう歌が1992年あたりを境にして消えていく。代わりに出てくるのが「それってある」的なシーンの羅列です。それをリアルだと見做すような歌や漫画やドラマだらけになります。
そうした流れの中で「トレンディードラマ・ブーム」も展開していきます。自己同一的な主体として完成されるという「自己形成」の観念は廃れました。「それってある」「気持ちはわかる」みたいなものだけで、モザイク的に世界が構成されていく方向です。
(2)「彼女がいても非モテ」の拡がり
それとは別に「彼女がいても心は非モテ」という現象が、2000年期に入る頃から目立つようになります。男の子たちの悩みの相談が、「セックスする相手がいない」というのから「関係が続かない」というものに大きくシフトしました。
長続きがしない理由の最たるものは「ソクバッキー」つまり束縛現象です。携帯電話の着信記録やメールのログを盗み見た経験のある人の割合は、交際相手のいる二十歳代で7割近くいます。実際に『SPA!』という雑誌で調査してもらいました。
盗み見れば、たいてい自分の知らない異性との交流の履歴が残っている。それがセックスを意味するかどうかは別として、疑心暗鬼が生じて自分も二股三股の保険をかけることになりがちです。こうして「たこ足化の悪循環」が回ります。
悪循環の中で、些細なトラブルがあるたびにホッピングします。そうすると、交際した相手の数が増えても、関係の履歴が積み重ならない。また、いつでもホッピングできることを背景に、ちょっとしたことでキレて関係が終わりがちです。
疑心暗鬼化の中で、「30分ごとにメールを送れ」とか「1時間ごとに写メールを送れ」みたいな、女性を束縛したがる男つまりソクバッキーも増えます。それらを背景に、「セックスはできるけど、関係性が得られない」という悩みが広がるのです。
(3)「援交第一世代」から「第二・第三世代」へ
次に援助交際についての記述です。僕は援助交際の世代を、第一世代、第二世代、第三世代と分けます。第一世代は、援助交際が始まる1992年からピークの1996年までの間の援交女子高校生です。
第二世代は、96年のピークを過ぎて以降、2001年ぐらいまでの援交女子高校生です。第三世代は、2002年以降ぐらいから今日にいたるまで。それぞれメンタリティや行動形態が異なります。
援交第一世代は、中森明夫の言うトンガリキッズが中心です。まわりのリスペクトを集める格好いい女の子たちが援助交際をしていたから広がりました。肯定的なロールモデルだったので、あっという間に全国に援助交際が広がりました。
この子たちの特徴は、しゃべりたいことをいっぱい持っているということです。「どうして援助交際してるの?」と尋ねると、何時間でも喋りつづけるという感じ。96年以降に出現する第二世代は、聞いても何もしゃべりません。
背景を言います。95年10月からエヴァンゲリオンブームが起こり、軌を一にしてアダルトチルドレンブームが起こります。“親の前で「いい子」を演じてきたので、思春期をうまくクリアできず、いまだに承認を得ようと右往左往しています”というタイプ。
リストカッターや食べ吐きを含めた自傷系に多いタイプです。それで「援交はイタい子がやるんだ」というイメージが拡がって、コギャルがいっせいに援助交際から離脱します。援交現場に残ったのは「髪が黒くて肌が白い子」ばかりになりました。
いずれにしても援助交際のイメージが96年を境にして悪いものに変わります。同じ96年から、デリカテッセンに象徴される中食化(なかしょくか)のブームが起こります。女子高生たちについては僕の言う「お部屋族化」が進みます。
社交的な子が渋谷センター街みたいな繁華街や盛り場に出てくる動きがなくなるのです。一つは、渋谷センター街に出るのではなく、町田とか柏とか立川など地元の盛り場に集うようになる傾向です。
もう一つは、若衆宿化した「24時間出入り自由なお友達の家」にタムロすることが当たり前になって街に出なくなる傾向です。面白いことに、96年の後半ぐらいから同時多発的に北海道から沖縄まで同じ現象が生じ始めます。
2001年頃からまた変わります。この頃、携帯電話の所有率が半分を超えます。可処分所得ならびに可処分時間のかなりの部分が、携帯電話に使われるようになります。その結果、テレビの視聴率--正確にはセットインユース--が下がります。
そのことと援交第三世代が関係します。携帯代を稼ぐ必要が出てくるのです。例えば月2万円以上というと小遣いを越えます。「だから援助交際をするんです」というケースが増えます。それまで常習援交が多かったのが、臨時援交が増えます。
お財布代わりの援助交際です。消費者金融を使うよりも援助交際した方が、取立てが来ないので怖くないし、親に迷惑もかけないから安心というわけです。それで、臨時援交がものすごく増えました。
取材者側から言うと、第一世代よりも第二世代が、第二世代よりも第三世代が、援交についての聞き取りが難しくなりました。第三世代の難しさとは、「暗いから喋らない」とか「コミュニケーションが苦手で喋らない」とかではありません。
そうではなく、理由を聞かれても、「ケータイ代が払えないし…」と1秒回答で終わるということです。ただし昔のように貧乏な家の子がやっているのとは、全くイメージが違う。彼氏や親に迷惑をかけたくないというコミュニケーション的な理由です。
(4)「プロフサイト」がもたらす疑心暗鬼
最後にプロフサイトがもたらす疑心暗鬼です。援交する子を取材していて、最近になるほど、ラポールから恋愛感情を抱く子が出て来て危険になりました。親友にも喋らないことを僕に喋るがゆえの勘違い。そこで今は必ず親友と一緒に来てもらいます。
A子がB子を連れて来たとます。するとA子がB子に「私、言っていなかったんだけど、本当はこんなことをしてたんだ」と言う。するとB子も「それを言うなら私も言っていなかったけど、こんなことをしてたの」と言う。「告白合戦」になるわけです。
僕が驚いて「親友だったら、何で黙っていたの?」と尋ねると「親友だから言えないんですよ」と答えるのです。ここで親友とは、「何でも言える相手」ではなく、「何を言うべきかに一番気を遣う相手」に変わっています。
僕たちの言う「友達」が、彼女たちの言う「親友」にあたり、僕たちの「親友」が、彼女たちの「まぶだち」にあたります。「まぶだち」という言葉には、実際には滅多にあり得ないけどという不可能性のニュアンスが含まれます。
何もかも話せる「親友」がいなくなったのは、なぜか? あるいは「親友」に本当のことを喋れなくなったのは、なぜか? 必ず出てくるのが、プロフサイトの話です。援交してるなんで喋ると、プロフサイトの日記に書かれ、周囲にバレる。それが恐い。
つまりブログやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)やプロフサイトを含めて、日記を不特定多数に公開するような「疑似プライベート空間」が拡がったことが、昔は親しくあり得た人間関係に、疑心暗鬼を持ち込んでいます。
子どもだけではなく、親も同じようなプロセスで疑心暗鬼化しています。多くの人間が、「匿名メディア化による犯罪化傾向」を指摘していますが、のべ利用者の数から見ればささいな問題で、実態を知らない人間の言うことです。
もっと重要なのは、携帯メールを含めたネット・コミュニケーションの拡がりによるデュアル・レイヤー化です。オフラインのリアル・コミュニケーションと、オンラインのバーチャル・コミュニケーションの、二層に分かれるのです。
そうすると、オンラインでダダ漏れになることが恐くて、オフラインで喋りたいことが喋れなくなってしまう。これが「プロフサイトがもたらす疑心暗鬼」の典型面です。別に、意図的な悪口が書かれることだけが問題なわけじゃありません。
こうした全体が示すのは、関係性を築くための前提が空洞化している現実です。日本人は、相手と前提を共有していると思えないとコミュニケーションを始められません。そう思えなくなると、突然コミュニケーションを進められなくなってしまう。
その意味で、関係性の空洞化の背後にあるのは、共通前提の消滅です。共通前提が消滅したので、関係性を深められない。代わりに表層的なプロトコル、つまりコミュニケーション手順の形式ばかりが発達します。女子高生コトバが典型です。
背景
ここまでに、動機不可解な少年犯罪の増加、解離化・鬱化する若者たちの増加、関係性が脱落する若者たちの増加について、「現状」をお話ししました。次に、それがどうしてもたらされたのか、背景をお話しします。
1 理論編:〈システム〉全域化による〈生活世界〉空洞化
まず理論編の話をします。〈システム〉と〈生活世界〉とはどういう概念かを説明します。マックス・ウェーバーの言葉を使えば、物事を計算可能にする手続が一般化した領域が〈システム〉です。例えば役割&マニュアルが支配的になった領域です。
それに対し、残余の領域が〈生活世界〉です。役割&マニュアルではなく、善意&自発性が支配的であるような行動領域です。〈システム〉ではマニュアルが支配するのに対し、〈生活世界〉では慣習やしきたりが支配します。
〈システム〉と〈生活世界〉の決定的違いは、簡単に言えば以下の点にあります。〈システム〉は匿名的で、入替可能で、過剰流動的であるのに対し、〈生活世界〉は記名的で、入替不可能で、流動性が低いということです。
役割をマニュアルどおり演じられれば誰でもかまわないのが〈システム〉です。デニーズ的なものが典型です。多人種構成の米国社会における人事やマネジメントから出てきたノウハウで、グローバル化に適しているので一挙に全世界化しました。
〈生活世界〉は対照的で、ファミレスやコンビニとは違って、地元商店的なものです。店で立ち話が生じ、「この間まけてくれたんだから、もっとまけてよ」「持ってけ、どろぼう」みたいな世界です(笑)。
デニーズ的なものに比べて計算不可能ですが、コミュニケーションが履歴によって形づくられた信頼に依存するので誰にでも開かれてはいません。しかしそのぶん感情的安全があります。デニーズ的なものは開かれていますが、感情的安全はありません。
ウェーバーは〈生活世界〉が〈システム〉に置き換えられていく動きのことを「近代化」ないし「合理化」と呼びました。この意味での「近代化」が進むと、いずれは必ず「モダンからポストモダンへの変化」という逆説が起こります。
どんな逆説なのか。〈生活世界〉が〈システム〉に置き換わっていくプロセスの当初においては、〈生活世界〉を生きる「我々」がより便利で豊かになるための適宜(手段)として〈システム〉を使うのだと、自己理解できます。
ところが、〈システム〉がある程度以上に広がって〈生活世界〉が空洞化すると、もはや「我々」が〈システム〉を使っているとは言えなくなります。「我々」や〈生活世界〉というイメージすら〈システム〉の構築物だと理解する他なくなります。
そこでは「主/従」「目的/手段」の図式が壊れます。学問的に言うとそれがポストモダンで、それが生じない状態がモダンです。モダン段階では〈生活世界〉を生きる「我々」が〈システム〉を使うと表現できますが、ポストモダン段階ではそうはいきません。
こうした変化が何を意味しているかです。従来、共同体の自立的な相互扶助によってまかなわれていた便益が、市場サービスや行政サービスから調達されるようになることを、まずは意味します。ここで自立的とは、お上を頼らないという意味です。
でも、単に便益の蛇口が変わったのではありません。公共性の観念が一変してしまうことがポイントです。「自分たちでできることは自分たちでやる(社会でできることは社会でやる)、それができない場合に国家を呼び出す」という図式が消えるのです。
シヴィリアンという観念がなくなると言ってもいい。シヴィリアンは「民間の」と訳されますが、ニュアンスが伝わりません。シヴィリアンには、パブリックなニュアンスがあります。「市民的公共圏の」という言い方にあたるでしょう。
つまり、パブリックが国家を意味するようになり、シヴィリアンがなくて、プライベート(私的・個人的)な領域がガチンコで国家に向き合うようになります。例えば、心細くなった個人は、相互扶助を頼らず、直ちに国家の呼出線を使うようになる。
加えて、従来は「知らない人でも信頼できる」という前提だったのが、「知らない人は信頼できない」という前提に変わります。その結果、市場ではセキュリティ産業が隆盛になり、行政は監視カメラ化や警察官増員の方向に動くようになります。
僕の言葉で云えば「不安のマーケティング」と「不安のポリティクス」が社会を覆います。社会のどこのかしこも、不安をベースにしたポピュリズム(人気主義)が支配するようになります。
さらに、「世の中にいろんな人や共同体があっていい」という多様性に開かれた心が、「いろんな人や共同体があったら困る」という「多様性フォビア」に変わります。国家が命じたわけでもないのに相互監視が始まり、何かというと国家が呼び出されます。
まとめると、(1)社会ベースから国家ベースへ、(2)信頼ベースから不安ベースへ、(3)多様性ベースから均質性ベースへ、と、人々のコミュニケーションの前提が変わります。その結果、社会が安全で安心できるものに変わるのか、というと逆です。
一例を話します。旧住民よりもむしろ神経質な新住民の要求に、行政が応じて、店舗風俗が壊滅させられて、すべて派遣風俗にシフトした結果、ナマ本番競争で性感染症のリスクに晒されたり、客の暴力のリスクに晒される女性が増えました。
それだけじゃない。店舗風俗が主流だった時代、店舗は警察に袖の下を渡すことで小さなことを見逃してもらうかわりに、警察は店舗からいろんな情報を入手するという、サブスタンシャルな(実質的に意味がある)プロセスがありましたが、縮みました。
つまり、(1)社会から国家へ、(2)信頼から不安へ、(3)多様性から均質性へ、と人々のコミュニケーション・ベースが変化することで、新住民らによる行政へのお門違いの要求が増加し、結果として、リスクの配置と利権の配置が誰にも見えなくなりました。
もう一つ申し上げれば、〈生活世界〉が空洞化して〈システム〉が全域化することは、従来の人間関係の距離空間が変わることを意味します。ひとつ屋根の下の家族よりも、出会い系でやりとりしている知らないおじさんの方が、よほど親しいという現象です。
まとめますと、理論的には〈生活世界〉が空洞化して、それを〈システム〉が置き換える動きが生じ、それゆえに社会イメージが変わり、結果として、社会の中で我々がなすべきことのイメージや、国家がなすべきことについてのイメージが変わりました。
まあ、一口で言えば「神経質化」が生じました。社会の全体がどう回ってるのかがわからないで、自分が見えるところだけをきれいにしようとする動きばかりが広がります。並行して、見えない部分に対する疑心暗鬼化がどんどん広がるということです。
2 歴史編:二段階の郊外化による〈生活世界〉空洞化
次にそうした変化がどういう経緯で生まれてきたのかを、歴史的に追尾します。〈生活世界〉の空洞化=〈システム〉の全域化は、郊外化の動きと並行します。そして、郊外化は、第一次郊外化と、第二次郊外化という二段階で生じました。
第一次郊外化とは、60年代の団地化です。第二次郊外化とは、主に80年代のニュータウン化です。第一次郊外化とは「地域の空洞化×家族への内閉化」によって特徴づけられます。地域が担っていた便益供給を、専業主婦が専一的に担うようになるのです。
日本で専業主婦率が最も高いのは「団塊の世代」です。団塊の世代は、団地で育った最初の世代です。団地化は、農村の過剰労働人口が都市部に移転され、男はサラリーマンや工場労働者として、女はそれをサポートする専業主婦として働きました。
第二次郊外化=ニュータウン化は、僕が「コンビニ&ファミレス化」あるいは「デニーズ化」などと名付けてきた過程です。この過程は「家族の空洞化×市場化&行政化」によって特徴づけられます。
簡単に言えば、専業主婦化が緩和され、そのぶん市場サービスや行政サービスが利用されるようにな田つす。この動きは、男女雇用機会均等化とも連動して、生活形式の多様化をもたらしましたが、家族的な絆の希薄化という暗黒面を伴いました。
それを示すのが「第四空間化」です。大人たちには便益調達の「市場化&行政化」として現れたものが、思春期の子たちには「第四空間化」として現れました。感情的安全のよすがが、家族のかわりに「第四空間」に求められるようになりました。
「第四空間」には歴史的に三種類あります。一つは70年代末から広がる「仮想現実化」。アニメやゲームの拡大です。次に80年代半ばから拡がる「匿名メディア化」。1985年に誕生するテレクラ以降の出会い系の流れです。
第三は、80年代末期から生じる「匿名ストリート化」です。ヤンキーと区別されるチーマー化の動きです。ヤンキーとは、暴走族が典型ですが地元の裏共同体です。若い頃はハネあがっていても、やがて「卒業」し、地域の祭りで神輿の擔ぎ手になります。
これに対し、チーマーとは、センター街のようなストリートに集う、互いに本名を知らずにニックネームだけで呼び合う関係です。参入離脱は自由で「卒業の儀式」がないかわりに、絆と呼べるようなものはない。チーマーからコギャルが出てきました。
「第四空間」とは、学校でも家でも地域でもない場所という意味です。以下のような過程で「第四空間化」が進みました。60年代に「モノの豊かさ」を達成すると、家族にとって何が良きことなのか分からなくなります。このアノミーを埋めたのが「学校化」です。
正確には「日本的学校化」と呼ぶべきですが、子供も良い学校に入れさえすれば良いのだという発想が、山の手の家庭だけでなく、全階層に拡がりました。総務省統計では、75年から家計に占める教育費の割合や塾通いの比率が急増します。
かつて学校と家と地域に別の原則がありました。学校で勉強ができなくても家業を継げりゃいいとか嫁に行けりゃいいとか。それがなくなって、子供から見ると、家でも成績のことをいわれ、地域でも進学実績の話しか評判にならない。
これでは尊厳すなわち自己価値のリソースが不足します。この「学校化」ゆえの「尊厳のリソース不足」を背景に、「学校化されていない空間=第四空間」で「尊厳を奪われない居場所」を求めるという動きが拡がったのです。
実際、仮想現実、匿名メディア、匿名ストリート、という3種類の「第四空間」には共通性があります。「名前を欠いた存在になることで自由になる」ということ。名前は、学校化された空間における否定的自己イメージと結びついていました。
次に「第二次郊外化」と「第四空間化」の関連を象徴する82年から86年の間のエピソードをお話しします。82年、セブンイレブンがPOS(リアルタイムの在庫管理システム)を導入し始め、86年、全店POS化が完了します。
かくして、コンビニで、宅配やDPEやチケットサービスや公共料金支払サービスを請け負うようになって、コンビニが地域の情報ターミナル化します。そして、この5年間でコンビニの数が、倍近くに増えます。
同じく82年はワンルームマンション建設ラッシュの年。全国でワンルームマンション建設反対運動が起こります。翌年83年はレディースコミックの創刊ラッシュ、84年は投稿写真誌の創刊ラッシュです。両方ともコンビニ販売を前提にした媒体です。
84年は、70年代半ばから少しずつ広がりつつあったダイクマとかロヂャースといったロードサイドショップが大爆発します。理由は、NIES諸国で作られた白黒テレビが2万円台、カラーテレビが4万円台で買えるようになったからです。
おかげで一挙に84年からテレビが個室化します。その結果、お茶の間で家族がみんな揃ってみることを前提にしたクイズ番組と歌謡番組が廃れます。象徴的なのは1987年の『ザ・ベストテン』の打切りです。
テレビの個室化に続いて、85年からは電話の個室化が進みます。この年、電電公社が民営化して、電話が買い取り制に移行。多機能電話が販売されはじます。その結果、子供部屋を含めた家族の個室に子機が置かれるのが当たり前になっていきます。
くしくも85年の2月、風営法改正がなされます。これは81年から始まった大阪阿倍野や新宿歌舞伎町を皮切りとした「ニュー風俗」の展開に対応したものです。この法改正に対処して、電々民営化による多機能電話化を追い風にして誕生したのがテレクラです。
テレクラ誕生には、もう一つ、「ニュー風俗」ブームの中で82年から「テレホンセックス産業」が拡がっていたという前提もあります。85年9月に花園神社横に世界発のテレクラが誕生して翌年には全国で数百店になりました。
86年からはNTTが♯8301、♯8501の伝言ダイヤルサービスを始めます。89年からはダイヤルQ2サービスの試験を始めて、90年からサービスを本格化します。こうして一挙に「出会い系産業化」が拡がっていきました。
85年に『ケイコさんのいなり寿司』篇というセブンイレブンのテレビCMが話題になります。『開いてて良かったシリーズ』の第一弾です。夜中にケイコさんがいなり寿司が食べたくなり、セブンイレブンに入っていなり寿司を買って「開いてて良かった」と言う。
夜中にお腹が空く。セブンイレブンで稲荷寿司を買う。ついでにレディコミや投稿写真誌も買う。家で稲荷寿司を食べながらレディコミをめくる。そこにテレクラやQ2の広告がある。ふと手元も見るとコードレスホンが。ピッピッと電話すると1時間後には…。
セブンイレブンのCMが象徴するのは、85年に突然、それまであり得なかった振舞いが、可能になったということです。それまでは、夜中にお腹が空いたから稲荷寿司を買いに外出する、という振舞いすらあり得なかったはずなのです。
第一次郊外化=団地化=[地域空洞化×家族内閉化]と、第二次郊外化=ニュータウン化=[家族空洞化×市場化&行政化(第四空間化)]の、二段階のステップで、1985年に、それまであり得なかった振舞いが可能になる空間が突如出現したわけです。
社会がそういう変化をしてきたことをみなさんが主題的に議論したことがあったでしょうか。そういう変化がどういう良いことと悪いことをもたらしたのか。利害得失表をきちんと議論していません。それがこれから申し上げる処方箋に絡む重要な問題です。
処方箋
処方箋の話をいたします。欧州は、こうした変化が良いことか悪いことかを、ずっと議論してきました。その結果「便益の増大は良いことだが、絆の崩壊は悪いことだ、ゆえに、絆を守るために多少の便利さの犠牲は仕方ない」という話になりました。
こうして「〈生活世界〉空洞化=〈システム〉全域化」がもたらす副作用への処方箋として、「〈システム〉全域化への制約」が選択されました。80年代半ばに北イタリアのコミュニティハウスから出発したスローフード運動がきっかけになりました。
実は同じ時期、カナダでは「国境を接する米国マスコミを鵜呑みにするな」という趣旨でメディアリテラシー運動が始まり、「米国では巨大マーケットの出現による地元商店の衰退に反対する」という趣旨でアンチ・ウォルマート運動が始まります。
そういう、〈システム〉全域化を懐疑する運動が、80年代後半に先進各国で拡がりました。でも日本だけはそれが拡がらず、逆に第二次竹下内閣での日米構造障壁協議を通じて、消費者利益の旗印で、思考停止的に大規模店舗規制法を緩和しました。
それはともかく、全体として言えば、米国の方向は欧州とは違います。欧州が〈システム〉全域化を制約する方向なのに対し、米国は〈システム〉全域化をむしろ徹底すること(例えば監視社会化)によって、〈システム〉全域化の副作用を取り除く方向です。
問題は日本です。日本は欧州的方向と米国的方向のどちらを選ぶのか。実際のところ、米国的な処方箋に思考停止的に追随した結果、米国社会とは文脈が全く違うがゆえに、米国では起こらなかったような混乱が日本で起こるようになりました。
1 欧州的処方箋
〈システム〉全域化による副作用を手当てする処方箋ですが、申し上げたように、欧州は〈システム〉全域化を制約する方向です。典型的なのが先に触れたスローフード運動からスローライフ運動につながる流れです。
ファストフードにスローフードを対置しています。つまり「速いうまい安い」も良いが、それによって失うものに敏感になろうという運動です。具体的には、地元商店、地元産業、地元文化、地元の絆などの複合体を守ろうというのです。
日本でスローフードというと、オーガニックを食べることとか、トレーサビリティを確保することなどと勘違いされていますが、関係ありません。「便利をもたらさす〈システム〉化から、絆をもたらす〈生活世界〉を護持する」のが、本質です。
〈システム〉全域化を制約する欧州的処方箋は、正確には〈システム〉の否定ではないし、単純な〈生活世界〉保全でもない。それを理解するには、ネオリベから、改良版ネオリベとしての「第三の道=新しい社民主義」へのシフトが、良い材料です。
ネオリベとは「国家を小さく、社会を大きく」という発想です。単に財政破綻を回避するためでなく、社会の空洞化を回避するための「国家を小さく」でしたが、英国のサーチャー首相が「社会」を昔ながらの伝統社会と等置したので揶揄の対象になりました。
そこで97年に誕生するブレア政権のブレインだった社会学者のアンソニー・ギデンズが、「国家を小さく、社会を大きく」はそのまま、「社会」を伝統社会に固執せずにオープンにイメージしようと呼びかけました。いわば「改良版ネオリベ」です。
具体的には、「伝統家族を保全しよう」ですと、伝統家族の枠に収まらないものは排除の対象になります。そこでギデンズは、「伝統家族と同等な機能を果たすならば、みかけはともかく肯定しよう」という具合に「包摂」を心がけた立論をしました。
ギデンズのような発想をする場合、伝統家族の維持や再興がいろんな意味で不可能ならば、同じ機能を果たすけれど見かけが異なる集団を各所にデザインしよう、それを〈生活世界〉としよう、という思考になります。
その意味でも、〈生活世界〉は「手付かずの自然」みたいなものではなく、敢えて手をつけない人為としての自然であり、もしくは、手を付けないことが不可避なので「手をつけない状態と機能的に等価なもの」をあえて設計したものだ、となります。
社会学や社会思想の世界では「前提もまた選択されたものだ」という性質を「再帰性」と呼びます。「手付かずの自然」も人為だというのが典型です。その意味で、自然は〈自然〉であるしかなく、生活世界も〈生活世界〉である他ありません。
その意味で、〈システム〉全域化を制約する欧州的処方箋は、単なるシステムの否定と生活世界の保全ではなく、〈システム〉全域化の弊害を〈システム〉によって抑止する再帰的工夫の一つです。その意味で米国的処方箋と本質的に違わず、方向だけが違います。
方向とは、設計されるべき〈システム〉の構造です。それは明言可能です。例えば「補完性の原則」がそうです。自分たちでできることは自分たちでやり、それが不可能な場合に行政を(できるだけ下の単位から)呼び出すというものです。
この場合、最も大きな行政単位は国家ではなく、国家連合すなわちEUとなります。そこでは「補完性の原則は、主権移譲の原則を含む」という言い方がされます。こうした発想は、欧州独自のものというより、むしろ戦前の亜細亜主義に嚆矢を見るべきです。
〈システム〉を欧州的にデザインするか米国的にデザインするかの方向性の違いがあるだけだと言い、補完性の原則の例を挙げました。これらの違いを一言でまとめてしまえば以下のようになります。
社会が秩序立っている場合、「社会成員が監視と処罰を恐れて秩序立つ社会」と「社会成員が内発的な社会性を持つがゆえに秩序立つ社会」を区別できます。前者をホッブズ的秩序、後者をロック的秩序と呼べます。
欧州的な〈システム〉設計は、前者を志向します。米国的な〈システム〉設計は、後者を志向します。どちらの秩序形式が良いのかを先験的に言えません。経験的に言えるだけです。経験的判断をする上で重要なのが宗教社会学的・家族社会学的な文脈です。
米国は欧州と違って、建国以来現在に至るまで宗教社会です。社会にとって宗教は大切かという質問にイエスと答える割合は欧州各国の倍近くに及びます。なので米国は、感情的安全の多くを宗教に依存する分、〈生活世界〉に依存しない傾向があります。
加えて、エマニュエル・トッドが言うような家族社会学的文脈も重要です。米英はアングロサクソン系で直系家族の伝統が強いので、非アングロサクソンで拡大家族の伝統が強い欧州の他国と比べて、社会的相互扶助を頼る度合が低いと言えます。
米国(や英国)と社会的文脈が異なる欧州では、「成員がまともでなくても回る社会」よりも「成員がまともであることによって回る社会」を選好しがちです。そうした観点からしばしば米国的なものを自覚的に否定します。
そうした違いは「テロとの戦い」において際立ちます。米国は、最低限のルールを守るという決意のエヴィデンス(証拠)を欲しがります。決意を示さない相手とは、交渉しないどころか、滅ぼしても良いのだという発想をしがちです。
欧州は対照的です。CBM(confidence-building measures:信頼醸成措置)というのですが、最低限のルールを守るという決意を示す証文よりも、事実の積み重ねによる信頼醸成を重視します。日本で言う「一宿一飯の恩」に近い発想をするのです。
どちらが包摂的でどちらが排除的なのかは文脈に依存します。一般には移民政策などをめぐって、「最低限ルールさえクリアすれば誰でも何でもあり」の米英流(アングロサクソン流)が包摂的だと言われてきました。
でも、そう言えるのは、ルールが過剰に高いものを要求しない限りにおいてです。「テロとの戦い」を宣言して以降の米国は、敷居の高いルールのクリアを要求するので、逆に排除の機能を果たします。そこでは欧州流のCBMのほうが包摂的に見えます。
2 アメリカ的処方箋
すでに申しましたが、米国は〈システム〉全域化の副作用を、〈システム〉全域化の徹底によって処理しようとします。人間にまともさを要求するかわりに、人間がまともでなくても悪いことができなくなるようなアーキテクチャを要求します。
つまり、人間のまともさよりも、アーキテクチュラル・パワーを要求します。アーキテクチャとは建築物、アーキテクトは建築家ですが、ここではもう少し広い意味です。アーキテクチャは仕組、アーキテクトは仕組をデザインする人、といった意味です。
典型的には、マクドナルドなどの客の回転率の操縦に見られる発想です。照明の明るさ、BGMの大きさ、冷暖房の温度、いすの堅さ、家具や調度のアメニティー…。これらによって、客に自発性を妨害されたと感じさせないまま、回転率を操縦します。
言い換えれば、命令や価値観に依存する制御でなく、快不快だけに依存する制御を行ないます。人々は、快不快を追求する自己決定を行なっているのですが、どこで快不快を与えるかをアーキテクト側がデザインしているわけです。
まともな人間を作り出すべく規律訓練を施す社会環境を重視するのが、「フーコー的な主体形成の権力」です。まともな人間など一人もいなくても、快不快を感じる動物的な能力がありさえあればOKというのが、「ドゥルース的なアーキテクチュラルな権力」です。
先ほど、役割&マニュアル優位のマネジメントが、多人種構成の米国社会ゆえの要請から出てきたと言いました。この同じ要請にとってアーキテクチュラルな権力は好都合です。なぜなら、価値観と違い、快不快は動物的つまり文脈自由な一般性を持つからです。
繰り返すと、米国社会が、不安ベースの実存と、不信ベースのコミュニケーションで「もつ」のは、宗教社会だからです。さもなければ、感情的安全を維持するホームベースが失われ、社会はアノミーに陷ってしまいます。
ちなみに、米国がとりわけ「小さな国家」でやっていこうとするのは、社会に対する市場のマイナスの影響を、宗教的な営みによって補完するのが当然だとする発想があるからです。その意味で、単純な市場原理主義じゃありません。
米国のリバタリアニズム(自由至上主義)が市場原理主義と勘違いされがちなのは問題です。リバタリアニズムとは「米国人には宗教的心性が宿っているので、政府による市場の補完はそうした心性に基づく営みを阻害する」と考える思想です。
リバタリアニズムとコミュニタリアニズムは近縁です。コミュニタリアニズムは「米国人の宗教的心性が空洞化してきたので、宗教的心性を回復しよう」と呼び掛けます。「心性がある」とするのか「心性が空洞化したので取り戻そう」とするのかの違いです。
実際、現在の米国でも、市場の負の外部性(後遺症)を手当するべく、教会やキリスト教系のボランティア団体が「炊き出し」をはじめとする社会貢献活動をしています。富裕層による寄付は日本の何倍もあります。だから「小さな国家」でやれるのです。
米国が不安ベース&不信ベースの宗教社会なのは、たえず移民が流入する過剰流動的な社会であることと関係します。宗教が感情的安全を提供するがゆえこそ、最低限のルールさえ踏まえれば何でもありという非同化政策的な過剰流動性に耐えられるのです。
また、最低限のルールさえ踏まえれば何でもありという構えは、アソシエーショニズムと結びついています。生まれ落ちたコミュニティを尊重することよりも、目標を共有する人間がルールに合意して共に活動することが大切だと考える価値観です。
米国では、宗教的結社のみならず、家族や地域でさえも、アソシエーション(結社)のアナロジー(類推)で考えます。もちろん幼児は産まれ落ちる家族を選べませんが、それであっても、コミュニティと呼ぶよりは非自発的アソシエーションと呼びたがります。
(下のエントリーに続く)
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